サラリーマンの非日常

快晴。 働くのがもったいない。 そう思い、駅のホームで会社に休みの連絡をいれた。 誤解しないでほしいのは、私は快晴だからといって毎回ずる休みをしているわけではない。サボりなんてものをするのも今日が初めてだ。 私はネクタイを外して、鞄に押し込んだ。大人は便利だ。たとえ仕事をサボっても補導されることはない。お金もある。その分責任とか余分なものも付いてくるのだが、今は無条件で大人である自分に感謝した。

つみれ

12年前

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電車に乗り込もうとして自分には目的地がないことに気づいた。 どこに行こう。 家に帰るなら会社を休んだ意味がない。何しろ自宅に自分の帰りを待つ人などいないのだから。 悩み始めて1時間程。駅のホームのベンチで缶コーヒーを二つも開けてしまった。 遅刻しそうな学生や、走るのが困難そうな少し太った会社員や、ダルそうなOLを見ていると自分の余暇が嬉しくなった。 空を見上げる人は誰もいなかった。

yuta

12年前

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何処へ行こうか? そう言えば、首都圏大回りの旅と言って、ひと区間の料金で、ぐるっと(一筆書きのように)回って戻ってくる、というのを聞いた事がある。途中下車をしてはいけない。 50キロとか、そんな短い距離では無い。200キロとか300キロとか。。 旅か。 空になったコーヒーの缶を振りながら(また)考える。日常の範囲内で起こっては、それは旅ではない。今日は非日常を味わうのだ。

響 次郎

12年前

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さっきから駅員がこちらを見てくる。 まぁ1時間もこんなところに 座ってる奴がいたら気になるのだろう。 私はどこに行こうか考えるのをやめた。 てきとうに心が赴くままに旅をしよう。そんな事を思いながら今来たばかりの何行きかもよく分からない電車に乗り込んだ。 電車に揺られながら雲ひとつ無い空を眺めた。 会社のみんなは今頃働いているんだろうな。 窓の外に立ち並ぶビルがだんだんと減ってゆく。

akako

11年前

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海だ。高い位置にまで昇りきった太陽の光が水面に反射して、ダイヤモンドを散りばめたように光っている。ビル群を抜けた先に、右も左も地平線いっぱいに広がる海があることなんて知らなかった。 どうやら私は特急電車に乗り込んでいたらしい。どこまでも広がると思われていた海は、しばらくすると、住宅街へと景色を変えた。 車窓から見た、あの眩しく輝く海を近くで見てみたい。気がつくと私は、次の駅で下車していた。

なつ

11年前

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普通電車に乗り換え、駅を三つ戻る。海は変わらずそこにあって、私を待っていた。 電車を降りると、潮の匂いが鼻をつく。海なんて、いったいいつから行ってないんだろう。自然と歩調が早くなる。砂浜に着く頃にはもう小走りだった。 革靴と靴下が邪魔になったので、ハマヒルガオの側に置いてきた。誰もいない砂浜で走る。跳ねる。回る。自分の中に、こんなに元気が眠っていたなんて知らなかった。 波打ち際で、立ち止まる。

lalalacco

11年前

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立ち止まると火照った身体が急に冷える。四月の潮風はまだ冷たい。 現実に引き戻されたとき、波が私の足を攫おうとした。 まだ現実に戻るなと言われているような気がして、私は波打ち際で波と戯れた。 行ったり来たりする波と私。冷たい潮風が心地良く感じるくらい、私は波に夢中になった。 太陽が少しだけ西に移動したとき、一匹の犬が飛びついてきた。 「ショーン! おすわり!」 飼主らしき人の声に反応する。

11年前

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「ごめんなさい」 飼い主の女性はそう言って、困ったように微笑んだ。 「いえ…大丈夫です」 ちょっとびっくりしたけど、犬は嫌いじゃない。 子供の頃、家ではずっと犬を飼っていたし、今でも実家には犬がいる。 「人懐こい犬で…」 女性は犬の横にしゃがんで、その頭を優しく撫でた。 「ショーンって言うんですか?」 「ええ。この子昔から海が好きで、ここに連れてくると喜ぶんです」 確かに…嬉しそうだ。

マーチン

11年前

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「そうなんですか。私は今日ふらっと立ち寄っただけなんですが、やっぱり海はいいもんですね。」 「えぇ、私も海が大好きです。」 満面の笑顔でそう言うと、彼女達は私の側を離れていった。 気が付くと辺りが暗くなり始め、自分以外には誰もいなかった。 そろそろ帰ろうか… 出掛ける時よりも帰る時の方がどこか穏やかな気持ちで、海が私の心を満たしてくれたようだった。 たまにはこんな日もアリかな…なんて。

- 完 -