ぼく、今からお空にいくよ 小さな男の子は病院の個室の天井から、真下に横たわっている、さっきまで自分の意思で動かしていた体を見つめていた。 ベッドの傍らでは泣き崩れる母親と、その震える肩に大きな手をのせて俯いている父親の姿がある。 『ママがそんなに泣くから、体が重たくてお空に行けないよ…』 男の子を地面へと引っ張る足枷は、母親が泣く程ズシリと重くなる。
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「あの子……もうお空に着いたのかしら」 母親は空を仰ぎ見ながら呟いた。父親は無言で視線を上げる。 男の子はまだ空に上がる事が出来なかった。その足にある枷は、まだ外れていない。 『ぼくはまだここにいるよ、ママ』 ぼくは早くお空に行かなきゃいけない、男の子は何故かそう思った。しかし枷は重くなりこそすれ、軽くはならなかった。母親に翳(かげ)りが募る程、それは重たくなる気がした。
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ママはぼくをとても大事にしてくれた。 ぼくは一人っ子でママは病気でこどもができないんだ、ごめんねと泣いていたのを思い出した。 『ママ、ごめんなさい…ぼくわるい子だよね ママとパパをおいて行くなんて、ごめんなさい…』 ぼくはママとパパの元から動けなくなってしまった。 ぼく、なんだかココロがくるしいよ…
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ママは一日にかならず一回はぼくのことを考えて泣くんだ。 そのたびにぼくの足は重くなる。 『ママ、泣かないで?まだぼくここにいるよ』 そうママに言ってもママには聞こえない。 ある日、ぼくと同じ子に会った。 「きみも空の上に行けないの?」 その子はママみたいに泣いていた。 「ぼくが一緒にいるから大丈夫」 ぼくはその子をなぐさめることしかできなかった。 それから、ぼくたちは一緒にいた。
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しばらくして僕らが見つけたのは僕らのことが見える、まだ生きている女の子だった。 「お空にいけないの?」 『うん』 『僕たちを助けてくれる?』 「うん。いいよ」 僕よりもちょっと年上の女の子はにっこりと頷いた。 僕はお母さんと話をしなきゃ。 僕と同じこの子はどうすればいいんだろう? 僕と女の子はその子の顔を覗き込む。 でもやっぱりその子はうつむいてママみたいに泣いているだけなんだ。
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その子もお空に行こうとしているのが、 なんとなく僕にはわかった。 こっちを向いてにっこりと笑っているけれど、その目は、とても悲しそうな目だった。
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今まで、今この瞬間、そしてこれからもママのことが大好きであること、お空に行かなくちゃいけないこと、もう泣かないで欲しいこと、沢山の気持ちを女の子はママに伝えてくれた。女の子の話しを聞いてママは久しぶりに微笑った。 ママみたいに泣いていたあの子はやっぱりまだ泣いている。 「何が苦しいの?」 答えは返ってこないかな、と思った瞬間 「僕は…まだ…生きてるの…病院で…生かされてる…」
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その子の言葉に僕と女の子は固まった。 しばらくして女の子はその子に問いかけた 「何処の病院?何の病気?」 泣きながらその子は答えた 「僕、○○病院でガンの治療受けてたの。でもね、急に僕は眠くなって寝ちゃったんだ。そして…」 その子は怯えるような目で遠くを見つめ言った 「怖い人が…怖い人が追っかけてきて… 僕は怖くて逃げてきたんだ…」 女の子は気が付いた。 「それは死神だ…。」
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「君はまだお空へ行く番じゃないよ。ぼくとは一緒にいけないんだ」 女の子も続けた。 「死神は逃げる人を追うの。パパとママがついてるよ。ほら、君には見えるでしょう」 「うん。パパとママ、ベッドの横でぼくの手を握ってるよ。優しい目で」 「パパもママも君のこと信じてるんだ。だからその手を握り返さなくちゃ」 「あなた!」 「おい、今、手を握り返したぞ!」 病室に歓喜の声が上がったのはその直後だった。
- 完 -