ここは最近廃院になった精神病院。 既に酷く荒らされた院内で、俺は医師のものらしき手記を見つけた。 どれから読もう… 101号室 市橋洋子 鬱病 102号室 新妻改 自傷癖 103号室 三生ちひろ 夢遊病 104号室 宵島宗也 薬物依存 105号室 碁坂光 快楽依存 106号室 呂 豪羽 虚言癖 107号室 鳴海 悠 言語障害 10●号室 世良●● ●想失●症 最後の項目だけ汚れで所々読めない。
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この塗り潰された世良はどんな患者だったのだろう。 俺が廃墟の病院に忍び込んだのにはそれなりの訳がある。俺の前で死んだ奴が最期に言ったのだ。あいつには気をつけろ、と。 なんとかかんとか症がやばいとかも言っていたっけ。いくら記憶を辿ってももう思い出せない。 商売敵とはいえ奴を殺した犯人が気にならない訳がなかった。 「とりあえず一通り目を通すか」 幸い時間だけは残っている。
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慎重に捲ると、乱雑に記された文が目に入った。少し読みにくい。 101号室:市橋洋子 鬱病患者。31歳女性。 波が激しく、現在は自殺願望が高い為、個室で拘束。調子の良い時は大人しい患者である。特筆事項なし。 102号室:新妻改 自傷患者。19歳男性。 自傷が癖になっているようだ。24時間常に看護師を付け対処中。かなり乱暴な性格で周りの患者に与える影響も大きい。その点も注意しなければならない。
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103号室:三生ちひろ 夢遊病患者。17歳女性。 15歳で大震災にあった時から発症。頻繁に地震の夢を見るらしく、その度に寝室内を夜通し、避難するように歩き回る。 この病院に来てから、かなり地震の夢はは治まったと言っているが、地震の夢以外でも夢遊してしまうようで、病状は重い。 たまに、ロビーの方にまで出てきてしまうことがあるため、部屋に鍵をかけ、看護師をつけることを思案中。
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104号室:宵島宗也 薬物依存患者。25歳男性。 脳が萎縮し、判断能力の著しい低下が見られる。暴れる事は稀だが、頻繁に抜け出すので、見張りの看護師をつけておく。 105号室:碁坂光 快楽依存症患者。43歳男性。 厄介な患者だ。例の患者ほどではないが。看護師に暴行を繰り返す為、個室で拘束。ここ最近は自傷の傾向も見られ、注意が必要。 俺はふと顔を上げる。 小さく、がたり、と物音が聞こえた気がした。
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振り返って周りを見渡すが 来た時と変わらない光景がそこに広がっていた。 気のせいだったのだろうか… だが、油断はできない。 廃院になった病院の者か殺した者かが何かを隠滅するために戻ってきたとしたのならば…… 俺は、この場を離れなければならない。 残念なことに手記に記してある内容はまだ読み終わってない。 手記は俺の隠れ研究室に持って行くとしよう。 幸い、俺はよくこの病院に来てた裏から出よう。
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俺と奴は会社は別だが、製薬会社の研究員だった。俺達のチームは精神病を対象とする「新薬」を開発研究していた。 そんな時奴の製薬会社が治験者を募集しているという噂を耳にした。 「悪いな、お前より先に見つけたよ」 そして、殺された。気をつけろ… なんとか…症って何なんだ?そんな症例聞いた事が無い。奴は一体何を見つけたんだ?新しい病気か新薬か? がたり、 また、物音… 急ごう。俺は裏に回った。
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裏で俺は手記の残りを読んだ。 106号室:呂豪羽 虚言癖患者。52歳男性。 「俺たちは騙されて連れてこられた」「俺は病気じゃない」などと治療を拒み、幾度も脱走を試みる。他の患者を虚言で惑わすこともある。個室で拘留し、看護師をつける。 107号室:鳴海悠 言語障害患者。14歳女性。 ディスレクシア。難聴であり、識字能力が著しく乏しい。経過観察の為、個室で拘留し、看護… 俺は違和感を覚えていた。
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一瞬の疑心、その刹那に気配はすでに背後にあった。 「--、---?」 雑音のような声音。音は形になることなく闇に落ちて。 ふつり、と俺の意識はそこで途絶えた。 〈S、治験者と接触しました〉 〈治験者、意識消失〉 〈侵入が始まっています〉 100号室:世良無人 夢想失踪症患者。年齢不詳。 〈治験者、自傷を始めています〉 〈侵入完了〉 〈S、意識、言語、共に回復中です〉 「……先生?」
- 完 -