something blue

いまいちさびしい仕立屋さん そのお店は、うっそうと茂る 街路樹の下にあるのです。 ちいさなちいさなお店です。 ───────────── 町中ちょっと過ぎたとこ、 手入れのずさんな花壇横。 ───────────── 立て札だってちゃんとあるの に、びっくりするほど目立ち ません。 それでも毎日依頼があって、 仕立屋さんは大忙し。 だって腕はピカイチですもの 不思議なことはありません。

おやぶん

11年前

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ほら、そんな話をしていれば、コンコンと控え目なノックの音。 「仕立て屋さん。仕立て屋さん」 早速、お客様ですね。 「はいはい」と優しく応えて、仕立て屋さんは檜で作ったドアを開けました。 すると、何てことでしょう。 目の前には美しいお嬢さんが立っていました。 真っ白なノースリーブのワンピースと真っ白な帽子がお日様の光でキラキラと光っておりました。 仕立て屋さんは暫く言葉を失ってしまいました。

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仕立て屋さんの初恋。 それは、いまいちさびしい仕立て屋さんに、不意に訪れた一目惚れでした。 うっそうと茂る街路樹の葉蔭さえ、白いワンピースがはためくと、とても美しいものに見えました。 「仕立て屋さん、お願いがあるのです」 美しいお嬢さんは微笑んで言いました。 「結婚式のためのドレスを仕立ててくれないかしら?」 一瞬の恋、なのでしょうか。 苦さを飲み込んで、仕立て屋さんは依頼を受けました。

11年前

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「ご希望のデザインなどはおありですか」 「いいえ。仕立屋さんにすべてお任せするわ」 信頼でいっぱいのお嬢さんのまなざしを、仕立屋さんは眩しく受けとめます。 「それでは素敵なドレスをお作りいたします」 お嬢さんの美しさを、いっそう引き立てるようなものを。 「ありがとう。とても楽しみよ」 お嬢さんが帰ると、仕立屋さんはさっそく仕事に取りかかりました。 一瞬の恋人に、最高の贈り物をするのです。

misato

11年前

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仕立て屋さんがお嬢さんのドレスに選んだデザインは、マーメイドライン。 素材はシルクに決めました。 時が過ぎるのも忘れ、ミシンを動かしました。 ふと、我に返って時計を見てみると、針は23時をさすところでした。 「…もう、こんな時間か」 作業に取り掛かってからもう7時間が経とうとしていました。 ミシンの音が止まり、しんと静まり返った部屋。 窓の外には月が見えました。

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「…そうだ、胸元は月の光で縁取ることにしよう」 元々はレースをあしらう予定でしたが、どうにもありきたりでぴんときていなかったのです。 早速仕立て屋さんは紅茶をいれ、ティーカップを窓辺に持ってゆきました。カップを覗けば、揺らめく水面にぷかぷかと月が浮かんでいます。 仕立て屋さんは銀の針をそっとカップに入れると器用な手つきでくるくるとかき混ぜ、あっという間に光の糸を絡め取っていきました。

ミズイロ

10年前

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仕立て屋さんは唄うように、銀の針を走らせます。やわらかな光は胸元を飾り、お嬢さんの笑顔を一層引き立ててくれることでしょう。 サムシングオールド、サムシングニュー… 仕立て屋さんは昔何処かで聞いたことばを、おまじないのように口ずさみます。古くから地球を照らす光は、サムシングオールドにぴったりです。サムシングニューは、真っ白なドレス。 やさしげな声に誘われた星たちを、お次は裾につけてゆきます。

のんのん

10年前

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サムシングボロー、サムシングブルー… 仕立屋さんは口ずさみます。幸福を囁く星たちの瞬きを掬い取り、裾に散りばめました。サムシングボロー。幸せが、お嬢さんと共に在り続けるように。 お嬢さんを想いながら、仕立屋さんは祝福の中にさびしさを溶かした青い涙を一粒、ドレスに忍ばせました。サムシングブルー。この想いは、お嬢さんに悟られてはいけないものなのです。 最後の針を通し、ついにドレスが完成しました。

おちび

10年前

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結婚式の朝、お嬢さんはトルソーに飾られたそのドレスを目にして言葉を忘れました。 胸元、裾、襟も袖口も。 すべてが眩いばかりに白く、光り輝いていました。 「あの、お気に召していただけましたか……」 仕立て屋さんは祈るように尋ねました。 振り向いたお嬢さんの瞳には。 ──青い、涙が。 「ああ、本当にありがとう……!」 それは幸福を約束する色。 優しく忍ばせた想いが、たしかに実った色でした。

まーの

10年前

- 完 -