そうだ。今週、二人で京都行こう。

「裕子」 自分を呼ぶ声が、イヤホン越しに聞こえ、顔を上げる。 BGMはアニソン。 「なぁに、父さん」 「-」 声が聞き取りづらく、音量を下げる。 (いいとこだったのに…) 早く話が終わらないかな、と始まったばかりの話に苛立ちを覚えた。 「今度、旅行にでも行かないか?」 「旅行?!」 予想外の内容に驚く。さらに音量を下げた。 「どこに?!誰とッ」 「父さんと、お前だ」 「えぇええええ」 心底思う。

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・・・・嫌だな 「場所は・・・・そうだな、海外に行こうか?」 「か、海外!?」 出ました、更に予想外の発言 もう驚きすぎてイヤホンから音楽は聞こえてこないほどに音量を小さくしていた 「きゅ、急にどうしたの!?」 「どうした?って別に家族との時間を大切にするのは当たり前だろう?それとも、俺は裕子は俺のことを家族と思ってないのか?」 いやいやいや、そんなことはないけど 「行くのか?どうする?」

ヒビキ

10年前

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「別に、いいけど…でもいきなりどうして?」 私がそう聞くと、父は何かを考えるかのように天井を見上げた。 「いや、本当になんとなくなんだ。場所も何も決めてない。どこか行きたいところあるか?」 そんなあっけからんといわれてしまうとこちらとしても考えてしまう。 「どこでもいいけど…仕事は?」 「ああ、まだ。いま思いついたことだしな。アメリカ?ハワイ?グアム?」 いや、正直どこでもいい。

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ハワイもグアムもアメリカ領だなーなんて考えながら。 「沖縄。」 しまった、日本だ。 「お!それも良いな〜。」と父が本当にそれでも良さそうな顔で言う。 「それ日本!」 なんて言いながら、父の面倒くさい事が嫌いなだけで、父が憎い訳じゃなかった。 「アジアってのもあるよなぁ。」 父は思いつきで言いだしたらしい。 が、実際やる気らしい。

mozku

9年前

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「旅行するのはいいけど、やっぱ急すぎない?それにパスポートだって必要じゃん」 「そんなのはすぐに作れるさ」 そうなんだ……。 「英語だって喋れないでしょ?ていうかアジアなら英語ですらないし」 「ガイドさんいるなら大丈夫じゃないか」 「ガイド雇うの?お金は?」 「お金の心配はしなくていいよ」 「でも……」 やっぱり現実的な問題も考えてしまう。 「……裕子は行きたくないのか?」 ……え?

key

8年前

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「嫌ならいいんだ。父さんが勝手に言い出したことだから」 父の顔が少し寂しそうに見える。 さっきは反射的に思ってしまったけど、嫌だという気持ちはもう無かった。 「いや、行きたいよ。たまにはいいよね。…じゃあさ、京都にしようよ」 「また京都でいいのか?」 「うん、だってあんまり覚えてないし」 京都には、父とあまり話さなくなる前、何度か訪れたことがある。日帰りだって出来るし、負担も少なくなるはず。

ino

8年前

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前回京都に行った時はまだ父がほんとうの父ではないことを知らない時だった。 あの頃は無邪気でよかった。父から真実を聞かされた時も驚いたけれど、すぐに受け入れた。 父と話さなくなったのは母が出ていった頃からだ。 それ以来二人の間になんとなく出来た溝を埋めようとする努力をお互いにしてこなかった。 「祐子、今週末は空いてるか?」 「うん、父さん。」 「じゃあそこで決まりだな。」

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京都へは、新幹線で行くことになった。 …と、いうより、自分でそうなるように仕向けた。車で2人きりは、気まずい。 「京都に着いたら、祐子はどこに行きたい?」 「うーんと…」 どこでもいいけど、人が少ないところがいいなぁ…なんて思いながら、スマホで京都の情報を見る。 「あ」 今日が祇園祭の宵山の日だと、今更気付く。 ──そういえば、前に京都へ行った時も、大混雑の中を、父に手を引かれて歩いたっけ。

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帰りの時間が近づく、夕方の薄闇の中。人混みの中で見失いそうになる父の手をぎゅっと握って。あちこちに見える山鉾に、吊られた提灯の明かりが、幼心に非日常的で不思議な気分になったのだ。 「ねえ父さん」 どうした、と父が私に穏やかな目を向けた。 「もう一度、祇園祭の宵山に行こうよ」 今の私には、父の手を握る勇気もないけれど。たまには、これでも家族なんだってことを確かめてみるのも、悪くない気がした。

みつる

5年前

- 完 -