横で手を洗っていた鈴木が耳元で囁いた。 「お前に討伐命令が下ったらしいぜ」 「ほう、俺も随分大物になったもんだな」 言い終わる前に、鈴木が横に手を払った。間一髪、スウェーでかわす。指に挟んだカッターの刃が喉をかすめた。二撃目が来る前に、俺は鈴木の喉を掴みそのまま握り潰した。 「やれやれ、これからはのんびり小便もできいな」 節水の張り紙に気づいて、出しっ放しになった水を俺は止めた。
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教室に戻ると、空気が一変していた。討伐命令はどうやら本当だったらしい。 俺は両腕を下げたまま、自分の席に向かう。あちこちからの殺気。椅子にしかけられていた毒の棘をさりげなく取り払う。 教師がつかつかと足早に教室にやってくる。俺と、それから鈴木の空席に目をやって、中年の教師は目を眇めた。 「授業を始める」 世界史の講義が淡々と進む間、俺の首筋を狙ってくる吹き矢を、神経を尖らせてやり過ごす。
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「ではプリントを……あれ…。職員室で印刷してくるから静かに待っているように。」 教師が教室を出た瞬間、 斜め前の女子生徒の頭が鮮血を吹く 「パーン」 弾着から2秒後に発射音。 狙撃だ。 今日の欠席者に気を配るべきだった。 「バシッ‼︎」 俺のペンケースが盛大に弾け飛んだ。 とっさにスモークグレネードを転がす。 部屋中に煙が充満しているうちに俺は教室を出て、中庭を目指して走った。
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中庭を歩いていると、落とし穴に落ちた。しかし、穴の縁を掴んだ事により無事だった。底には大量の杭が埋められていた。 「ダダダダダダッ!」 今度は誰かがガトリング砲を撃ったらしい。これも間一髪で避ける。 これ以上中庭を移動するのは危険だ。地雷が仕掛けてあるかもしれない。そう思い、校門の方へ向かおうとしたその時。 「君ってホント悪運が強いね〜」 生徒会長が不気味に笑いながら近づいてきた。
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「そろそろ死んでくれたっていいんじゃない?」 「…討伐命令を出したのはお前か」 「うん?そうそう。本当は僕なんかが手を下したくはなかったんだけど〜……あんまりにもみんなが無能だからさ」 ニコニコと笑うその手には日本刀が握られていた。 「…そんなに目立った覚えはないんだけどな」 「目立つ?それは俺が決めることでしょ?ま、生きて帰れると思わないでよ」 その瞬間、生徒会長から笑顔が消えた。
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そして、それと同時に殺気立った。 …来る。 何故か分からないがすぐに分かった。 そして、また間一髪で避けた。 その後も生徒会長がどこを狙って来るのか読めた。 そして思った。 ー自分が何故こんなに動けるものかー 分からなかった。 「おい、いつまで避けられている思うなよ?次はは当てるぜ?笑っ」 生徒会長は冷笑し日本刀をもう一本抜け出した。 ーそして、頰に刀が触れ流血した時、何かが俺の中で切れたー
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脳の神経細胞が活性化される。 灰白質のニューロン1000億個が火花を放ち、次に奴の振り下ろす日本刀がスロー映像の様に脳で処理される。 それは、脳の反応速度を補う「トップダウン処理」の延長であり、死への彼岸に足をかける俺が発現させた、人の能力の極致だった。 刀身を鼻先で躱し、鳩尾に中高一本拳。 それで終わるはずだった。 しかし、生徒会長は冷笑を浮かべたまま、俺の拳撃を膝で跳ね上げ、防いだのだった。
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頬の傷がチリリと痛い。生徒会長は不敵な笑みを浮かべながら、日本刀を振り降ろし血を払う。 「覚醒したね。面白い」 言うや否や、今度は日本刀が足元の空を斬る。しかしそれも難なくかわして校門の側まで来た。 「悪いが俺は面白くない。確か討伐命令は校内のみ有効だよな?生徒会長」 生徒会長を先頭に、じりじりと全校生徒や教師達が俺へとにじり寄る。 「え?まさか簡単に出れると?」 鉄柵の校門に電流が流れ始めた──
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足元の枝を蹴り上げ柵に当てると、瞬く間に火花を散らし黒焦げ地に落ちた。 「そろそら殺られたらどうだ」 生徒会長が刀を振り上げた。その隙を狙い目にも止まらぬ早さで後ろに回ると腕を締め上げ、生徒会長の頭を鉄柵へ寸止めにした。 「みんな一歩でも動いたら押し付けるよ?」 動く者はいなかった。 「合格だ」 鶴の一声で殺気が消え、全員が俺に一礼する。 「就任おめでとう」 俺も随分大物になったもんだ。
- 完 -