狐の面に誘われ

僕がまだ6つの時のことだ。
すーっと空気を吸うと、とうもろこしを醤油で焼いた芳ばしい香りとわたがしの甘い匂いがした。
林檎飴、金魚掬い、ヨーヨー。
物心ついた頃から祭りが好きで、あの日も僕は胸を踊らせていた。

人混みの中、僕と同じ位の背の少年がお面を落とした。
あっ、と思いそれを拾い顔を上げると──そこは人一人いなかった。
僕の手には狐の面。
屋台の赤提灯に照らされて、一人立ち尽くしていた。

ひよこ
- 1 -

このお面を拾うまではあんなに賑やかだったのに、まるで別の世界に来てしまったみたいに静かになった。

お祭に来てた人たちは何処に行ってしまったのか。お母さん、お父さんは?
心細くて泣きそうだった。そんな時に、遠くの方から太鼓のようなものが聞こえるのがわかった。

一人でいるよりかはマシだ、そう思い、太鼓の音だけを頼りに歩いた。そこに人がいることを願って。

びーご
- 2 -

しばらく歩いていると、広場のような所へでた。
中央には背の高いやぐらが組まれていて、てっぺんには大きな和太鼓、周囲では浴衣を着た人達が盆踊りをしている。
みんながぴったり同じ動きで、それをするしかないというか、「盆踊りをし続ける」という使命を与えられた機械みたいだ。
僕はとりあえず話を聞いてみようと、盆踊りの輪に近づいた。
そこで、気づいてしまった。
……全員狐のお面をしている。

くらげ
- 3 -

「*はまだ、コンのか」
「コンコン。不安だ」
「*が来たぞー」

騒めきが聞こえた瞬間、僕は輪の中で陽気に手足を動かしていた。

周りは、狐の面ばかり。怯えているのに、高揚感は止まらない。

ライ・セラ

コン・セ・ラ

どんッ どんッ

「面を落とすな」

声に顔を上げると黒色の狐面が後ろで踊っていた。それは言う。

「御前様は同胞ではないな。その面の持ち主は今頃あちらに神隠しじゃろて」

some
- 4 -

僕は勇気を出して声をかけた。この人なら助けてくれるかもしれない。

「あの、僕、ここから出たい」
「その面を持つ限りは無理だ。だが持ち主に返さん限り手離してもならん。御前様もあちらに捕らわれるからな」
「お面を返せば帰れる?あの子は何処?」

答える代わりに黒い狐面は、僕の背中を押す。するとあっさり踊りの輪から抜けた。彼は指を差す。その先には、赤い提灯が連なり、奥にぼんやりと社が見えた。

流され屋
- 5 -

「あのっ」
ありがとうございます、そう言おうとした僕が振り向くと、黒色の狐面はもうどこにもいなかった。
太鼓の音は聞こえなくなり、やぐらも、盆踊りの集団もいなかった。

視線を前に戻せば、赤い提灯の連なりと、奥の方の社はそのままだ。
「他にどうせあてもないのだし」
非日常的な光景に圧倒されつつある身体を元気付けるようにつぶやいて。

僕は、
歩く。
歩く。
歩く。

社はまだ、ぼんやりとしている。

申叉辰巳
- 6 -

どのくらい経っただろう。社はまだ遠いのに、もう足が動かない。僕は地面に座り込んだ。

「お父さん、お母さん……」

乾き切った唇から零れた呟きは、ころころとどこかへ転がっていく。

僕は、一人ぼっちだった。
もう、何処へも行けない気がした。
苦しくて涙が溢れそうになったその時、

遠くから懐かしい祭囃子が聞こえてきた。
顔を上げた僕の目に、小さなシルエットが映った。

「みいつけた」

- 7 -

「僕のお面を拾ってくれたのは君だったんだね」

 目の前に立つ少年に見覚えがあった――。

 僕と同じ背丈、
 僕と同じ声、
 僕と同じ顔、
 僕とは違う浴衣姿。

 ――それは僕だった。

「⋯⋯君は、僕なの?」

 震えた小さな声しか出なかった。
 もう一人の僕はカラカラと笑う。

「そうさ。僕は鏡の世界の君だよ。こっちの祭りが好きだから皆に内緒で来たんだ。⋯⋯そうだ、君も僕と一緒に遊ぼうよ」

gaogao
- 8 -

「いやだ。」
僕は声を振り絞り、少年にお面を押し付けた。
怖かった。何よりも、疲れていた。

「なーんだ。つまんないの。」
少年は残念そうに笑った
……と思う。


気づくと、僕はベットの上。そばには心配そうに覗き込むお父さんと、お母さん。戻ってきたんだ。安心すると涙が出た。

お母さんのあたたかい手が涙を拭う。僕は黒色の狐面や少年の身体が、氷のように冷たかったことを思い出していた。

こりす
- 完 -

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