甲高い銃声と手のろい足音で目を覚ます。またか。もう朝か?まだ夜明け前だ。夜に殺りたきゃ消音器を付けろ。人様を起こすな。半世紀前に教わっただろう。窓を開けて向かいの階段に狙いを定める。よたよた動く死に損ない。撃つ、倒れる。どっちだ?ババアか。ママに殺り方聞いてこい。 ここは巣鴨。年金もらって残り滓の命を潰し合う、死に際の遊園地だ。
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遠距離用のライフルをことりと置き、同じく消音器付きのワルサーを腰に刺す。 こんな夜明けに起こされちゃ眠れないじゃねぇか。この時間、背後から狙うような無粋な輩も幾らかは少ないだろう。少し散歩に出てみるか…。そう、狙われようがどうせあと幾らもない枯れかかった命なのだ。今となっては見渡す全てが灰色に染まる、そんな余生。暁が前に倒れ伏すのも、或いは悪くはないかもしれないと口端を吊り上げた。
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部屋を出て、通りの真ん中を歩く。両端は薄汚いガキとゴミだらけ。そっから奥は即席のモルグだ。 と、牛乳が切れてたなと調味料ばかりの冷蔵庫を思い出した。ならばと、コンビニへ歩みを進めた。 厳めしい警備員のボディチェックをうけ、拳銃をロッカーへ預ける。ようやく、入店。1.5ℓを三本買い、さっさとアパートへ。 部屋への階段の踊り場にメスガキが座っていた。 ーなんだこりゃ映画のLeon か?ー
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黒いフードで顔を隠すように俯いてはいるが、灰色がかった長い髪の隙間から、真っ白な肌とこちらを見つめる大きな黒い目が伺えた。 一瞥をくれてやるが、ビビるどころかニヤリといやらしい笑みを返してきやがった。 こんなとこにガキがひとり。怪しいなんてもんじゃなかった。物乞いなんてとっくに成立しないこの一帯で、どうやって生きているのか。 「どきな」 「頼みがあるの」 「ガキなら殺さないと思ったか?」
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ガキは俺の言葉を無視して続ける。 「私をある場所まで護衛して。あ、もしかして」 憎たらしい笑み。 「ガキの依頼は受けないなんてガキみたいな事言う?」 俺は抜き打ちで引き金を引いた。弾ける鮮血、倒れる男。 「ファンが多いな、疫病神!」 右に二発、左に三発。管理費は払ってる、処理は任せよう。 更にガキの眉間に銃を突き付け、 「私、タマナシ野郎の脅しに付き合う気は無いの」 なるほど、こいつはビッチだ。
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俺は物怖じしないガキに舌打ちをしてから銃を下ろした 「あら、意外と物分りがいいじゃない。まぁ、聞いてくれなかったら貴方を殺すことになってたから良かったわね。命拾いして」 ガキはそれを遊ぶようにポンポンと投げた …おいおい、手榴弾なんてガキが持つ玩具じゃねーぞ 多分こいつは舐めれるほど弱いやつじゃない。そんな奴が護衛を頼むなんて不思議に思った 「で?どこまで行けばいいんだ?」 「刑務所よ」
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「お前……あんなところになんのようだ」 無法地帯と成り果てた今、この巣鴨において刑務所なんてのは介護施設と同義だ。ロートル達の最期を看取る鉄の棺桶。 警察なんてのはとっくの昔に昨日を停止したようなもので、自ら鉄火場を離れる事を決めたもののみ、罪状の申告と同時に収容が〝許される〟。 こんな人の形をとった殺意のような餓鬼が、あんなところに用があるなんてのはなんとも奇天烈な話だ。
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「必ず私を刑務所まで送り届けて!それから、他は何も聞かないで。」 ガキの目は真剣だった。 「わかったわかった・・。でも一つ聞いとく。俺に何の得があるんだ?こんなの、俺じゃなくてもいいだろ。」 手榴弾を握る手は震えて見えた。しかし表情は不気味なくらい冷徹だった。 「貴方にしか出来ない、貴方にも行く義務がある。お願い。」 俺はため息しか出せなかった。 「まずは武器の補充だ。手伝え。」
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監獄には老女がいた。老女は私の妻だった 「私は養子。あの人は貴方が夫だといった」 「まさか」 「事情は知らない。親権対象として貴方を呼んだ、事務的に。答えはいらない。後は勝手になる。とても事務的」 少女は妻を愛していたと語った 「間違ってたら悪いのだけど、貴方たちは巣鴨に来るべきではなかった」 妻と巣鴨に来る以前の暮らし 沈黙が響く 首を傾げる少女を、あれが最後に愛した者を引き取ろう、私は決意する
- 完 -