押すなよ… 押すなよ… 絶ッ…対!押すなよ!? いいや限界だッ!押すねッ!
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食べるなよ… 食べるなよ… 絶ッ…対!食べるなよ!? 我慢できないッ!食べるぞッ!
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やめてくれ… やめてくれ… 絶ッ…体!やめてくれよぉ!? やめないでくれよぉ!頼むよぉ! 出ていけ。 出ていけ。 絶ッ…体!出て行け!? 行かないでくれ!戻ってきてくれぇ。
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これを法則として見てどう思う? 老人は通りすがりの者を捕まえては同じ話ばかり繰り返していた。機織り女がどうとか、鶴がどうとか、とにかく全部鶴が悪いと言うのだ。 「でも、約束を破ったのはその老夫婦でしょう?」 こう言われた時の表情から察するに、老人はその物語の当事者らしい。突然勢いが失われ、モゴモゴ言い出した。老人が唇を尖らせて見せたところでキュンともしない。
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老人は悔いているようだった。 満足のいく回答を得られないとき、決まってため息をついては家路に戻る。 人間としての性だ、とか、あれは振りだったのだ、とか言葉足りなさそうにつぶやいているが、結果論に立ち戻ったとき、彼を救ってやれる者はいなかった。 それは、ただ賛同してやれば済む問題ではなく、また、正しい対処の仕方を教えたところで二度と鶴はやってこないだろうという点が、彼の迷いを深めさせていた。
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あの出来事を境に老人は裕福になったが、心には大きな穴が空いた。 反物には信じられないような高値がついたし知人や友人も増えたが、皆興味があったのは老夫婦の財産だけだった。 「あなたと静かに暮らしたかった」 長年連れ添った老妻は錐箪笥の裏に手紙を残したが、それに彼が気がつくことはなかった。 老人は残りの財産総てを使い鶴の反物を買い戻すと、それを火のなかに投げ入れ燃やしてしまった。
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その炎と煙は、美しい反物の最期を飾るに相応しい煌びやかなものだった。 老人は煙と共に自分のしがらみが全て解放されたかのように思った。不必要な金、それに群がってくる輩、去年の幻のような出来事。生きる足枷であったしがらみは無くなり、生きる支えであった妻は消え、老人は生きる理由を失った。 「ふぅ……」老人は嘆息を漏らした。 その頃 『あの煙は……間違いない。去年失踪した我等が同胞の羽根が燃えた証!』
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老人が家に着くまでの時間に鶴達は儀式の準備を終わらせていた。 玄関を開けた瞬間、伏せていた鶴達が老人に向かって頭を上げる。その数30..いや、40羽以上はいるだろうか。 「私達は貴方が憎い。でも一度は仲間を助けてくださったのも事実。 最後のチャンスです。あの時の時間に連れて行ってあげます。今度こそ絶対に見てはいけません。見たら最後です。」 ごくり。と老人は唾を飲む。 断れる筈などなかった。
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「けっして覗かないでと言ったのに…」 またやってしまったと悔いても後の祭り。 老人は折角のチャンスをふいにした。 「人間とは実に愚かな生き物だな いったい何回同じ事を繰り返せばわかるのか…」 「どうしますか?まだ続けますか?」 モニターを見ながら嘆く男に助手が問いかける。 モニターの向こうには色々な器材に繋がれた男。 「そうだな、もう少し…」 いつ終わるかわからない日々は繰り返された。
- 完 -