「明日もし、世界がなくなるとしても、やっぱりお腹は空くのかな」 「なにか言った?」 「あたしたちって、どうしてお腹が空くようになってるのかな、って」 「そりゃ、食べないと死んじゃうからでしょ」 「じゃあ、死んじゃってもういいときはお腹が空かないってこと?」
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「確かに、食べることは生きることって聞いたことあるしなぁ。」 そう 私が言うと彼女はくすりと笑った。 「試してみよっか?」 「死にたくないよ。」 「大丈夫だよ。どうせ明日世界はなくなるんだから。」 な なんだって....!!
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まさか、彼女が口にした言葉が、現実のものになるなんて…淡々と”それ”を伝えるテレビの臨時速報に俺は耳を疑った。「本日未明、小惑星が急速に接近中との…」 速報のあと、すぐさま日本政府の公式発表があった。「世界は明日なくなります。せめて今日は、愛する人のそばに」という総理大臣の言葉に胸がつまった。 と、 妄想してみたが、やはりお腹は空く。 「何か食いに行かない?」 「いいよー、私お寿司食べたい」
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よく行く回転寿司屋に行くとお昼時にしては今日は空いているようだ。 「世界最後の日にしては空いてますね、お嬢さん?」 「世界最後の日にあなたはどのネタが食べたい?」 寿司は好きだが最後に食べるとなるとどのネタだろうか… 「やっぱり海老かなボイルしたの好きなんだ」 「子供ね、でも私もすき」 そんな話をした後だと、本当に最後かのように いつも以上の海老を食べてしまった。
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「お腹いっぱいになったね」 「ね」 二人並んで歩く並木道。 「次は何したい?」 「今日が最後だから?」 「そう、最後の日だから」 彼女は少し考え、 「世界がなくなるとしても、眠くなるのかな?」 と言った。 “お昼寝をしよう”と。 だけど、ダメ。それだけは、ダメ。 「眠るのはダメだよ。」 「どうして?」 彼女の目が閉じてしまうのは、ダメ。 「君は、死んでしまうから」 なんてね。
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「……確かに。世界最後の思い出がお昼寝っていうのは、なんだか嫌だなぁ」 彼女はくすくす笑った。 「だったら、私が眠くならないようにしてくれる?」 これは大変だ。彼女は飽きっぽい。 「そうだなぁ。お腹もいっぱいだし、ちょっと散歩しようか」 「いいね、どこまで?」 世界の終わりにふさわしい場所がいいなぁ。 「この世界、全ての生命が始まった場所、なんて」 「素敵ね」
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という事で〜………… 「エデンの園」というラブホの「アダムとイヴの部屋」にいる。(笑) 「エッチ〜」 と彼女は私に言いながらも、部屋の調度品に興味があるようだ。 一番目立つのは「男」と「女」の裸体像。 抱き合ったりしてるわけではなく、直立不動でまるで記念写真の撮影の時みたいに横に並んでいる。 「これがイヴか〜? で、そっちがアダムね〜? でも、なんだかそんな感じはしないわね〜?」 無邪気な声だ。
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寿司屋は空いていたが、ラブホはどこも満室だった。 人間の三大欲求にランクがあるなんて知らなかった。性欲は食欲に勝ったんだな。 「もうすぐ全滅するって分かってるのに、なんでセックスしたくなるんだろ?」 安っぽいのに大きなベッド。2人で横並びに寝転んで、目を閉じた。 「お腹が空くから、女の人を喰いたくなるんじゃない」 「もう、下品だよ〜」 彼女はまたくすくす笑う。 「そうかな?神聖なことだよ」
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静かに時間が過ぎていく。 隣からは、すうすうと息が聞こえる。 彼女の横顔を眺める。 さっきは、ああ言ったけど。 「君となら、世界最後の思い出が昼寝でも悪くないよ。とても穏やかだ」 彼女は片目だけを開いて呟いた。 「明日も世界が続いているといいね」 「今、思いついたんだけど。神聖な愛の力も以ってすれば、世界の終わりを救えるかも」 「試してみよっか?」 彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
- 完 -