檻の中から

とある男が、とある事情で監獄に入れられた。 湿った匂いのする檻の中は日中も光を通さず、ただ暗闇だけが広がっている。 バヤは目を開けた。暗闇の中に、エメラルドグリーンが2つ光った。 「何の用だ」 檻の中でバヤはそう言った。抑揚のない声が監獄に響く。 バヤの目の前にはとある看守がいた。日の当たる場所で、椅子に座ってバヤを眺めていた。 「もー、聴いて下さいよ」 看守のいつものお喋りが始まる。

コノハ

10年前

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断ろうにもこのお喋りは、自分の立場を思う存分に利用できる男だった。 「昨日近所の子供が、ボクにいうんですよ、遊んでーって、いやあ、かわいいですね、子供は、かわいい。」 これはいわゆる、オチのある話ができる人間ではない。 「かわいくて、ああ、だから、昨日ボク遅れたでしょ」 バヤは再び目を閉じた。脱獄を失敗して以来、この看守は昼間必ずここにいた。 「逃げられる!って少しワクワクしてたのに。」

かとう

9年前

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看守は、さも面白くて堪らないというふうに、声まで立てて笑い出した。 「ボクね、正直言って少々退屈してるんですよ。だからキミがまた何かしてくれないかな、なんて思ってて」 看守の笑みは人懐こく、その身のこなしも隙だらけに見えた。 だが、あの日の脱獄をいち早く察知し、邪魔立てしたのもこの男なのだ。遊ばれている、とバヤは思う。思わず開いた深緑色の目に悔しさが滲んだ。 「なのに、全然大人しいんだものね」

misato

9年前

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「今はまさに牙を抜かれたライオンだね。いや緑色の目をした可愛い子猫ちゃんかな」 なんとも腹の立つ奴だ。どうしたら人の機嫌を損ねるかよくわかっているらしい。だが、挑発に乗ってはダメだ冷静さを失ってはできることもできなくなる。脱獄するんだ俺は。 「その通りかもな、もう脱獄する気も起きんよ」 看守は遠くを見るような目で俺を見つめた。さっきとは打って変わって冷たい眼差しだ。 「それは、つまらないね」

9年前

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「お前の言ってることは、おかしい」 バヤが唸るように言うと、看守は目を見開いて口を歪め犬歯を丸出しにした。 「おかしい! おかしいだって、キミに言われるとこっちが可笑しくて笑っちゃいますよ。此処に来たときには随分と狂気染みた目をしていましたが……人間変わるもんですねー、国家の囚人更生プログラムのタマモノですかねー。何しろ反逆罪ですからねー。頭がおかしくなきゃ反逆罪なんて……」 「黙れ」

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看守は無視したまま続ける。 「ボクも好きでこんなことしてるわけじゃないんですよ、わかるでしょう?大の大人、しかも男の監視なんて…面白いと思います?そうハプニング…誰か起こしてくれないかなあ?はは、物事がおかしいって誰が決めると思います?」 「お前…よく看守になれたな」 「まあ、でも」 視線をやるが、俯いて表情が見えない。 「それやっちゃあ、あんたはまたここに戻るだけですよ」

ハル

7年前

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「…わかってる。だからする気も起きんと、さっきも言っただろ」 俺は脱獄なんてもう懲り懲りだとでも言うように目を瞑ってみせる。 「えぇ!本当ですか?つまらなくって寝てしまいそうですよ。そうだ、キミがいるソコは真っ暗ですけど、こっちは日向ぼっこに最適で…ふわぁ」 ワザとらしく俺の前で欠伸をする看守に、つい奥歯を噛みしめる。 「あ、うつりました?ふふっ…明日は今日よりも良いお天気だそうです」

マノ

7年前

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バヤは昂る感情を必死に抑えてある賭けに出ることにした。 「ふふふ。まぁそうしていろよ。可哀想に。むしろ自分が檻に入れられていることも知らないで。」 バヤは主演男優賞みたいな演技力全開でそう言い放った。看守は笑って、気でも触れましたか?とかなんとか宣っているがバヤは気にせず起死回生の持論を展開し始めた。 「つまり、お前は俺を檻に入れた気になってるんだろう?その根拠はなんだ?」

ゲネブ

7年前

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「キミが反逆軍の主導者だから」 「そう、俺の心は自由だ、お前の心は檻の中さ」 バヤが叫ぶと、初めて看守が笑みを消した。 「…そう。ボクらの心は国に繋がれた暗い檻の中。日向ぼっこもいいけど、本当はハプニングを待っている」 かちり、と錠が外される。 「お前…?」 「反逆軍の進軍は今夜だそうです。…明日は今日より良いお天気に、なりますよね?」 「…必ず!」 暗闇から陽の下へ、緑の瞳が走り出す。

6年前

- 完 -