蝉が鳴く理由

その日、世界中から蝉が消えた。
原因はわからない。世界中の研究者たちがこぞって調査にのりだしたが、誰も何も得られず、やがてその話は人々から忘れられた。
それはとても自然に。

風鈴の音しかしないどこか寂しい夏の空を、ユウカはぼんやりと見つめる。その視線の先には、綿あめのような雲しかない。
「おい、何見てんだよ」
後ろをつまらなそうに歩いていたタイキは、汗を拭いながら口を開く。風鈴がどこかで鳴った。

焼きそばぱん
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「蝉はどこに行ったんだろうって思って」

道中にある駄菓子屋の軒下で、ふたりはアイスキャンディをちまちま舐めていた。
「ほんとに絶滅しちゃったのかな、蝉」
「いないってことはそういうことなんじゃねぇの?」
いまだに蝉の話題を引きずるユウカに、タイキは面倒くさそうに答える。
「でもさ、全員まだ土の中で眠ってるって可能性はないかな?」
「はぁ?お前ついに脳みそまで溶けちまったのか?」

花菜
- 2 -

「だって蝉って長い間を土の中で過ごすんだよ。それがもっと長くなることもあるんじゃない?」
「そんなの、研究してる奴らがとっくに調べてんだろ」
「だけどさ」
「あーめんどくせ!そんなの俺らに関係ねーだろ?絶滅する動物も植物も山ほどいんだろが。ただでさえクソ暑いのに苛々させんなよ!」
言ってタイキは立ち上がり、足早に歩き出す。
ユウカはその背を追う気にはなれなかった。

ーー何かが、おかしい気がする。

ino
- 3 -

違和感はずっとユウカの心に居座り続けた。
蝉の空白は他の誰にも埋めることができないようだった。今年は世界で一番静かな夏だ、ユウカは鉛筆を鼻で挟みながら、窓の外を眺める。
これと近い感覚をユウカは知っていた。

昔のクラスメイトの男の子。特別仲が良かったわけではなかったが、騒がしいことにかけては一番で、彼の大声を教室で聞かない日は無かった。
でも、ある日その大声は消えてしまう。彼は交通事故で死んだ。

aoto'
- 4 -

音の記憶には輪郭が無い。
電話を切った後の静寂は、さっきまで笑っていた自分の存在すら疑う程に、その記憶を曖昧にするのに、後に何かの拍子に、ふわりと思い出す。
近いと曖昧で、遠く離れると距離感に色付けされた姿で現れる。

投げたダーツの矢の質感を手の中に探しても見つからないが、的に刺さった矢を見れば、随分遠くに投げたのだと実感するように。

騒がしいあの子も蝉たちも、矢となって飛んでいるのだろうか。

空気イヌ
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今年の夏は特に暑い。
いつもは蝉の声で暑さが増しているのだと思っていたが、蝉がいなくてもいつも通り異常なほど暑い。むしろ蝉の鳴き声に意識を逃がすことができない分、今年はよりじりじりと押しつぶされそうな暑さだ。

最近、タイキはイライラしている。私もタイキとうまく話せない。会話の間を埋めてくれる蝉もいない。
以前の私たちはどんな風だっただろう。なんだかそれすらもよく思い出せない気がした。

ミズイロ
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蝉の消えた山へ頻繁に通った。蝉のいない事を実感して、虚無感に襲われる事が日課となった。蝉が今日にでも帰ってくるのでは、と思うと止められなかった。
何時までも蝉を気にする私をタイキは気に食わない様だったけれど、何時も付いてきてくれた。

ある日、虚無感に心を殆ど支配されながら山を降りようと考えたその時、光が飛んで来た。光は途中で機械に変わって、鳴きながら通り過ぎていった。その声は蝉の声だった。

餌食
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「な、なにあれ?」
びっくりしたユウカがそう言うと、タイキはその飛行物体を見つめながら「ドローンっぽいね?」と言った。
「誰かが、本物の蝉の代わりにドローン蝉を飛ばしてるって事?」
「そうなんじゃない? 昆虫ドローンを研究してる人ってのは何十年も前からいるんだろうしね〜」
「でも、なんで光ってるんだろう? 蝉って光らないでしょ?」
「蛍にも消えゆく昆虫としての郷愁を感じて、組み合わせたのかもね?」

ぷにぷにヒロ坊
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「なんで蝉が鳴くか知ってる?あれは求愛行動なんだって。今年は蝉の恋が無かったのかもね」
「恋が無かったから蝉がいなくなったのかよ」
「そうだよ、たぶん土の中で待ってるんだよ恋を」

タイキと私は小さく笑った。

「来年は蝉も恋をしにくるかもね」
私は蝉とは対照的に小さく呟いた。
「でも、まだ夏は終わらないみたいだぜ」
ほら!とタイキは何かを指差した。
蝉の抜け殻が二つ、うるさい夏がやってくる。

よく寝る子
- 完 -

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