犯人は私だ。 殺人事件の現場になったまるでドラマのような一戸建ての家に集められた私達の前で、まるでセリフのような推理を刑事が熱弁し終わった。 そして最後に容疑者の一人を指差し、犯人はあなただ、と、それこそドラマのセリフのように叫んだ。 刑事の指の先の容疑者は、俺じゃねぇよ!と、否認をした。 それもそうだ、もう一度言おう、 犯人は私だ。
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勿論、私が犯人である証拠は全て始末した。 遺体の側にあった私の指紋やDNAに繋がるものは取り除いた。 「ですがねぇ、凶器に貴方の指紋やゲソ痕が出ているんですよ」 そして代わりに、今刑事に疑われている彼に繋がるものをさりげなく置いておいた。 だが、犯罪というのは、思わぬ所でボロが出てしまう。 なのでここは、出来るだけ口数を少なくし、緊張し過ぎず平然とし過ぎずでこの場を乗り越えなければならない。
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「確かに俺は奴を殺したいと憎んでいた。でも、だからといって本当に殺そうなんて思わないさ。なぁ、アンタからもなんとかいってくれないか」 容疑者にされた男が突然私に話を振って来た。くそっ! 「ごめんなさい。私、あなたがそんなことをする人だなんて」 「誤解だ。俺はやっちゃいない!」 なんと往生際が悪い人だ。 「あなたからもお話聞かせてもらえないでしょうか?」 案の定、刑事の目が私に向いた。
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その視線をさりげなく受けとめる。 いよいよ来たか。 私は犯人ではない。そう思われるよう、うまく振舞わなければ。 第一容疑者の彼を余りに犯人扱いし過ぎるのは、よくないのかもしれない。 事件に無関係な人間なら、中立的な立場を貫くだろう。 「いったい何をお話すれば……?」 少し戸惑う、というふうを装って私は言った。 「私は何も知らないんです。皆が騒いでいるから此処へ来てみたら、あの人が死んでいて」
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「そうですわ、あの日は大騒ぎでしたもの」 S夫人が声を張り上げる。でっぷりした身体に襟ぐりを大きくあけたドレス。汗を押さえながらウンウンひとりで頷く。彼女を普段はバカにしているが、今日はまたとない味方だ。だが…「ちょっと待ってくださいSさん。あの日、貴女はいなかったでしょう?」カマキリのように痩せたM女史。細か過ぎる性格のため、私を含む皆が敬遠している。謎解き現場にややこしい空気が立ち込め始めた
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「あら、貴女こそいらっしゃらなかったんじゃなくて?」 S夫人が反論する。 実際のところ、事件当日は二人ともいた。最初からいたのがM女史で、後から現れたのがS夫人だ。大騒ぎの中でお互いの存在に気付かなかったのだろう。 刑事が私に証言を促す。 「S夫人は確かにいらっしゃいました。私と夫人が来た時にはもう、事件が起きた後でしたが」 これで私とS夫人は事件と無関係、という印象を与えられたはずだ。
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同時に容疑者からS夫人も外れた事を意味する。願わくば私以外全員容疑者が安心だが、仕方ない。それに一人だけアリバイがあるというのもかえって目立つのでこれはこれでよい。 刑事は思案を巡らせる。 ここで完全に容疑者から除外される一芝居を打たなくては。 「本当に残念でした。今夜はあの人の誕生祝賀会になるはずでした。こんな事になると分かっていたら、もっと話しておきたかったのに」 自然な良き人を演じる。
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「ああ」特に無関心!? 「まぁとりあえず来てもらいましょうか」 「任意ですか?」とK男がいう。 あいつ、アホだ。 そんな事言ったら、疑われるに決まってんだろ! 「ええ、まぁ、でも来てもらうのはあなたと、君、あと容疑者の君だけで。」と全く関係ない人達を指して言った。 「ああ、うまくいったわ ええそうよ殺れたって事」と私は電話越しに話しかける。
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これも計画の内だ。相棒に連絡をし、事件の報告をする。車の中で安堵の溜息を吐きながら携帯電話の電源を落とす。 これで終わりだ。私の役目はここまで。 コンコンと窓を叩く音に驚き振り向くと、そこには相棒がいた。一気に不安が吹き飛んで、自然と顔が綻ぶ。 すぐにドアを開け、相棒を抱きしめる。 「逃げ切れると思いましたか?犯人さん」 「…えっ?」 相棒の背後から先ほどの刑事が満面の笑みで近づいてきた。
- 完 -