正体を追い求めた少年の話

「僕は一体誰なの?」 その少年は尋ねた。自分の名前すら知らない様子に、黒いマントを羽織ったお婆さんは面倒臭そうに顔を顰めた。 「ねえ、僕は誰?」 「お前さんは空を飛ぶことが出来るかぇ?」 「空?僕は空なんか飛べないよ!」 「それじゃあ…魔法使いではなさそうねぇ」 去って行くお婆さんを眺めながら、その少年は未だ納得のいかない様子で他の誰かを探す。そこで見つけたのは小さなウサギだった。

白狐♠︎

11年前

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ウサギは昼食のラディッシュ片手に、近寄ってくる少年を見つめた。 「ねえ、僕は誰なの?」 小さなウサギは自分よりも大きな人間の子どもの質問に、首をかしげ、鼻をひくひくさせながら答えた。 「しらないよ。ぼくみたいに、耳がながいわけじゃないから、ウサギではないんじゃない?」 よかったらきみもどうぞ、と差し出すラディッシュを少年は丁重に断りながら、釈然としない顔で自分の長くない耳を触った。

じんしん

11年前

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少年は更に歩みを進めると、大きな川に差し掛かった。水面を覗くと一匹の魚が顔を出す。 「ねえ、僕は一体誰なの?」 少年の問いかけに、魚はエラをパクパクさせながら答えた。 「おまえ、およげるのか」 「泳いだことないから分かんない」 「じゃあ、やってみな」 少年は言われるがまま水に入る。魚の動きを真似ていると、水中で体が浮いた。 「わかった。およげたおまえは、さかなだ」 魚はきっぱりそう言った。

流され屋

11年前

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「僕は魚…」 少年はついに自分が誰なのか分かって喜んだ。そして前を泳ぐ魚を追いかけた。 でもいくら手足をバタつかせても前には進まない。水の中では息も出来ず魚はいつしかいなくなった。少年はまたひとりぼっち。 少年は泣いた。 「僕は魚じゃないの…?」 川から上がりとぼとぼと森を歩いていると大きなクマに出会った。 「ねえ、僕は一体誰なの?」 クマは答えた。 「おまえは毛皮がないからクマではないな」

haco

11年前

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そして、クマは言う。 「お前、俺の仲間を狩っていったやつに似てるな」 「似てるモノ…?」 少年は、初めて言われた似てるモノを見てみたいと思った。でも何故か、似てるモノと言われた時、よくわからない不快感を感じた。 「この道を真っ直ぐに歩いて行ってみろよ。きっとお前の仲間が見つかるさ」 クマはそう言って立ち去った。 少年の中には、モヤモヤとしたよくわからない気持ちだけが残っていた。

那柚汰

11年前

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少年は一人で森を進む。 途中で湖に辿り着く。 そこではエルフが水浴びをしていた。 きれい…… きれい!! 「ねえ、僕は君と似てるモノ?」 キラキラ透ける羽を休めてエルフは少年に答える。 「どうかなあ」 君はボクみたいに小さくないし、耳も尖っていない。 「何より、羽が生えてないじゃないか」 少年は少しがっかりする。 「じゃあ、僕は誰なの?」 「さあ。それはとても大切な事かい?」

ゆりあ

11年前

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「もちろん大切だよ!」 少年は頬を膨らませて叫んだ。 けれども、エルフに「それはどうして?」と訊かれても、何も言えなかった。 「だから、僕は誰なんだろう」 「僕は知らないよ。なんせ、今会ったばかりじゃないか」 エルフは利口だった。 「自分が誰かなんて、君が一番よく知ってることじゃないのかい?」 「でも知らないんだ」 こたえて、少年は項垂れた。 「君が知らないことを、君以外の誰かが知るわけないよ」

kam

11年前

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お手上げだねとエルフは湖を離れてしまった。 少年はその場でうずくまる。「僕は……誰かな?」 戸惑うように揺れる水鏡。 不安げな顔がじっとこちらを見つめ返した。 ひとつ、ふたつ…よっつの眼で。 「──!?」 びっくりして振り返ると、すぐ後ろに天使がいた。 「いま何者でもないあなたが、納得の姿でいる場所があります。来なさい」 しばらく歩いて森を抜けると、あたり一面に石碑が並ぶ丘へ出た。

おやぶん

11年前

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少年は石碑の一つに目が止まった。 「××××ここに眠る」 少年はそれが自分だと感じた 天使はいった 「君は今ここに同じ存在はいない。君は自分が何者か考えていたね。今君は『何でもない』。でも何かになることはできるよ。…私と同じ存在になりませんか?」 少年は虚空を見つめていた。そして… 「そうだ。僕はヒトだった。辛いけど素敵なヒトだった。これからはこの世界を守るよ」 少年は天使と、空へ旅立った。

- 完 -