酒本康介が生徒会長に着任したとき、それは民主主義の崩壊のときであった。 ”風紀の改善”を名目に生徒会親衛隊(通称SS)を組織。風紀委員会は予算を前年度の倍に増やし懐柔。同時に反生徒会感情を抱く部活の予算は半分にされた。 現在我が校は発言力を強めた酒本康介の独裁下にある。 我々文芸部はこの圧政に対して断固抵抗せねばならない。 これは民主主義を独裁から守る、正義の戦いである。
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我々文芸部は極秘に会議を招集し、以下の事項を決定した。 文芸部文集は本来5か月後の発行であるが、これに酒本率いる生徒会の暴政を弾劾する内容を盛り込み、発行を今月に繰り上げる。 また、風紀委員会による文芸部予算削減のために文集発行費用の不足が生じた場合、文集の内容を削ることなく部員が不足分を負担する。 この決定の翌日の昼休み、反生徒会を標榜する一派の有力者である佐藤智彦が突如として姿を消した。
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生徒会は暴力的手段も辞さない構えであった。佐藤智彦の失踪は腹痛による早退であると表向きに説明された。然し乍ら、すでに保健委員会を手中に入れている生徒会にとって、生徒の早退カードを改竄することは、容易いことだと言えた。 佐藤智彦への影なる粛清は、反生徒会を旗に掲げる諸部に対し、並々ならぬ衝撃を与えることとなった。 飛び火したのは文芸部も例外ではなかった。内通者がいる、と副部長八田美那穂が告げた。
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八田美那穂は大好物のあんぱんを少しずつ食べながら、芝居じみた動きで部室内を一周した。 内通者は酒本康介と近い人物だろう。すると三年だ。そして作戦会議ができる人物。酒本康介と2人きりで会う口実がある者。 うつむいて考えていた八田美那穂は、ハッと顔をあげた。途端に表情を曇らせる。 疑いたくなかった、と呟きながら指をさした相手は、文芸部部長であり八田美那穂の彼氏である、辻堂睦月であった。
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場の視線が半信半疑に辻堂へと注がれる。誰もが即時撤回を求める一声から内輪揉めに縺れ込むと早計したが。 その口から予想だにしなかった真実が明かされる。 辻堂は二重スパイとして諸部を暗躍。酒本に売れる情報だけを露出させ内通を演じていたという。 更に言えば佐藤智彦は無事で、現在、秘密裏に登校中。彼の所属する新聞部は水面下で打倒酒本に心血を注いでいる状況まで告白した。 ──新聞部とは手を組める!
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血気盛んな下級生達は快哉を叫び、疾く行動を起こす可しと熱り立った。 ──急く可からず。 二人の人間の静かな声がその熱気を押し留めた。 あんぱんを掲げた八田と。 その隣で端然と腕組みをした辻堂であった。 敵は強大哉、機を見て掛からねば必ず敗北するだろう。 新聞部との同盟は決して表に知られぬよう計らい、更には水面下でより多くの同志を募らねばならぬ。 餡は丁寧に濾せ。 その意味は不明であった。
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作戦決行は0530。前期生徒会総会で全校生徒が体育館へと一堂に会する時がXデーだ。 それまでに諸君、万全の準備を怠らないこと。先にも後にも文芸部部長と副部長がこれほど頼もしく思えた事はないと噂されるほど、部員達は志を同じくにした。 打倒独裁酒本政権! 着々と広がる仲間内でスローガンの頭文字、DDSを知らない者はいない。 そして。運命の日がやってきた。
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「やぁ諸君!私が生徒会長の酒本だ」 壇上にズラリとSSを整列させた酒本のそんな挨拶から始まった。 「前期生徒総会の前に諸君等に問う。学校生活は楽しんでいるかね?生徒による生徒の為の生徒会として先生やPTAに縛られない運営をして来たが、大人に支配されない学校を満喫しているかね?」 SSと一部の体育会系の生徒から歓声が沸き起こる。 「よろしい。では総会を始めよう!まず各部活からの報告と行こうか」
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「もはや酒本、お前の時代は終わった」 DDSは立ち上がる。今が酒本独裁に制裁を下す時だ。 しかし、ここで思わぬ急展開が訪れた。 「わるいな、美那穂」 そう言って酒本側についたのは____他でもない、辻堂であった。 「二重スパイなんて、ウソに決まってるだろう」 酒本がニヤリと笑みを浮かべ、DDSは全員が凍りついた。終わった。完全なる民主主義崩壊の時。美那穂の手からあんぱんがズルリと落っこちた。
- 完 -