なけなしの誇り

『あなたが人に誇れることは何か。1000字でまとめよ。』 A4の紙に書かれていたのは、たった一言だった。 これが第一志望校の小論文入試。 腕時計を一瞥する。 残り時間はあと90分。

Ein Schwur

13年前

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人に誇れることか。 私はそんな大そうな器を持った逸材では無い。 無知の知よろしく、『私は人に誇れるほどの人では無いことを知っている。なぜならそれは、』で始まる自虐作文でも書きたい気持ちに駆られたが、何とか踏みとどまった。 誇れる人って、どんな人だろう? 誇れる人って、誰だろう? そこから考え始めて自分との共通点を見つけるのも一つの手段かな。 残り時間はあと80分。

羊男。

13年前

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こっそり机に羅列してみる。 自分を持っている人 世の中の役に立っている人 何らかの頂点に立つ人 何らかを極めた人 何らかを発見した人 見返りを求めず与えられる人 愛情豊かな人 愛情深い人 何らかを完遂した人 etc. そうだ。 そう言えば私、昔発見したんだよね。 でもあの発見をどうまとめたら良い? 残り時間はあと70分。

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私の両親は共働き。 父は寡黙な人ではないけれど、 決して家に仕事の愚痴などを持ち 込まない。 だから私は、20を過ぎても、父の 仕事を殆ど知らない。 母は家事をこなしつつ、たまに雑 だなぁと感じることはあったけど 一生懸命だった。 コロッケ シチュー ハンバーグ 餃子 冷凍や出来合いをレンジでチン して出す家庭も多いだろう今、 母はしない人だったんだよね。 残り時間はあと60分。

六連星

12年前

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胸をはって「自慢の家族」と言える。だけど、そういう家庭はほかにもあるのでは?いやいや、「オンリーワン」の答えだけが必ずしも正解とは限らないよね。 脳味噌が汁を撒き散らして回転する。 この切り口なら、どれ程の説得力をもたせて自分の家族を「誇る」かが重要になってくる。 それは何でも同じか。 下手をすれば「ただの自慢」と捉えられてしまう。それは避けた方がいいだろうな。 残り時間はあと50分。

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そもそも、私の「誇り」は「家族」以外に無いのだろうか。 私は必死に自分の今までを思い返した。 ピアノは小学校から中学校まで9年間続けた。 「私は継続が誇りです。」なんて書こうか? 高校では、ボランティア活動をよくした。 「私は誰かの為に働くのが誇りです。」なんて書こうか? …どれもパッとしない。 何か他に無いだろうか。 あ!あった! 残り時間はあと40分。

ame

12年前

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小学6年の時、父の転勤で2度目の転校。 田舎町では帰国子女が珍しく、私は転校後1ヶ月もしない内に誰にも話しかけられなくなり、学年中…いや、いつの間にか他の学年の子にまで嫌味や陰口を叩かれていた。 本当の事をいうと、私も海外での豪華な生活や華やかな友達が忘れられず、心のどこかでこの町の生徒達を馬鹿にしていたのかもしれない。…でもそれは一旦置いておこう。 肝心なのはここからだ。 残り30分!

noname

12年前

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三学期まで誰とも口をきかなかったけれど、卒業式前に進んで仕事を引き受けていたら、次第に周りの目が変わった。少しずつ打ち解けて友達が出来、素晴らしい卒業式を迎えることが出来た。 これは誇れるんじゃないかな。 私が人に誇れることは、暖かい家族に培われた、物事を継続する力と、誰かのために働く心。それらによって、人との関係を変えることができること。 よし、この筋で行こう! …って、残り20分…だと…⁉

12年前

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…残り10分…9…8、7… 書くべきことはきまっている。呼吸する時間さえ惜しんで私はペンを走らせた。 試験場は最早一つになった音に包まれた。「間に合ってくれっ!!」心の中で祈りながら時計を見る。残り1分。 1000文字まであと30字のところで止まった。あと30秒、万策尽きたと思いかけた時、あっと思いついた。「しかし、何より誇れるのは10分でこの内容を書ける構成力です。」 何故か合格だった。

- 完 -