試合~サポーターのくれた大きな木の種~

ポキポキ… 今日は8本だ。 桜の木の下で、僕は今日も乾いた小枝を折っていた。 辛い事、悔しい事、悲しい事… 誰にも言えない感情は、こうやってへし折るんだ。 汚れた袖でぐいと涙を拭い、ランドセルを背負った。 「ただいま!」 元気良く僕は家の玄関で靴を脱ぐ。 小枝8本分の感情は、家には持ち帰らない。 これは僕のささやかな闘いでもある。 誰にも悟られてはいけない 心配されるなんてもってのほか。

10年前

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「おかえり」 ママが廊下に顔を見せた。 「おやつにホットケーキ作ったわよ」 「わあ、うれしいな。お腹ぺこぺこだよ」 「手を洗ってらっしゃい」 「うん!」 満面の笑みをママに見せてから洗面所に行く。手を洗った後、顔に涙の跡が残っていないか、鏡でよく確かめた。 大丈夫だ。服が汚れている言い訳も、ちゃんと考えてある。 「今日は学校、どうだった?」 リビングに入るとママが聞いた。 「楽しかったよ!」

misato

10年前

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「服が汚れてるわね」 椅子に座り、ホットケーキに手を伸ばした時、右腕の肘や肩についた土の汚れをママが見つける。どんなに払っても消えなかった。 「みんなでドッジボールしたからね!」 ママを悲しませたりしない。 「男の子は洋服よく汚すものだって、おばあちゃんも言ってたわ」 「パパもよく汚してたの?」 「そうよ。パパはサッカーに夢中になってたから」 今のパパからは想像できない。パソコンばかりだから。

10年前

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「そうだ、今度の休みにサッカー観に行こうか。パパもサッカー好きだし」 週末、家族で出かけた。父親と一緒なのはいつぶりだろうか。 競技場はとても大きく、既にサポーター同士の応援合戦が始まっていた。座席に座ろうとしたら、 「おい、何座ってんだ、立て」 「え?え?」 「サポーターたる者、チームを全力で応援すべし。これ持て」 僕にタオルをもたせ、母さんとフェイスペイントをし始めた。 「お前の頬にもな」

KeiSee.

10年前

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ほっぺたがくすぐったい。フェイスペイントなんて初めてだ。 「よし、できた」 家族三人、お揃いの印。 「さあ全力応援!チームの勝利はサポーターにかかっている!ほら、お前も声出せ!」 「う、うん!がんばれーっ!」 口に手を当ててお腹の底から声を出した。競技場の熱気に試合開始早々汗が流れる。 「暑いからしっかり水分補給してね」 ママから水筒を受け取ったその時、僕は観客席に「あいつ」がいることに気付いた。

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僕を虐める主犯格。 周りのみんなも逆らうのが怖くて気づかないふり。 それだけで、僕にとっては共犯者だ。 最悪なタイミングに最悪な奴を見つけてしまった。 僕は目を合わせないようにした。 気づかないフリをしようとした。 でもダメだった。 ふとした瞬間に目があってしまった。 あいつは真っ直ぐ僕を指差す。 僕は水筒を投げ捨て一目散に駆け出した。 家族との大切な時間を台無しにされたことに腹が立ち、涙が出た。

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トイレの方まで逃げたとき、 「どうしたんだ?」 と、パパが僕を追いかけてきていた。 「なにも、泣くことないじゃないか」 パパは僕の頭を撫でて、売店の方へ向かって歩いた。唐揚げを二つ買って、一つは僕が手に持った。 「あれを見てみろ」 パパはグラウンドで走る一人の選手を指差した。その選手は執拗に身体を入れてくる敵の選手の攻撃から、ボールを守ろうと必死に抵抗していた。 「パパはお前のサポーターだよ」

aoto

10年前

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「フェイスペイントを描き直そう」 涙でぐちゃぐちゃになった顔をパパが優しく拭った。 今僕の試合のキックオフの笛が鳴った。 背中には心強いサポーターがいる。 心の中に僕の意志がしっかりと根を張り、折れることのない太い幹として伸びるのを感じた。 勇気と自信の絵の具で描いた笑顔の仮面を付けて、あいつのとこへ向かった。 また僕を見て、嫌な笑みを浮かべたあいつに言った。 「一緒に応援しようぜ」

きのこ

10年前

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「なんだお前?」アイツは僕を軽くあしらった。そしてこう続けた「世の中弱肉強食だ、強き者が弱き者を支配する。だから男は強くならなければならないのだ。」と。しかし試合終了の笛は意外な形で吹かれた。アイツのパパがこう言った。「お前は勘違いしている。確かに男は強くなければならない、ただ、本当の強さは乱暴に働きかけることではなく正義に尽くす不動のものだ。そしてこの子は今それを手に入れたのではなかろうか?」と

noname

10年前

- 完 -