暗夜に灯火を失う

~2013夏フェス参加作品。テーマ「ホラー」~ 扇風機が止まる。停電かと思い、充電中のスマホを見ると44%のまま固まっていた。 夏休みになり、私は祖母の家で留守番を頼まれた。山奥の古い民家で一人暮らしの祖母は畑で転んで入院することになったのだ。祖母の居ない間の掃除だけで小遣いを貰えると聞いてここにいるわけなんだけど。 夜になるとこの辺りは深い闇に包まれる。停電ならスマホもいじれない。

12年前

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外は徐々に暗くなり同時に家の中も闇に呑み込まれていく。 「電気、回復しないなー」 何処かに蝋燭...そうだ仏壇にあるはず。 「ご先祖様、蝋燭頂きます」 『チ〜ン』と鈴を鳴らし手を合わせた。 シュッ... マッチをすって蝋燭に火を点けると、蝋燭の炎が段々と長くなり辺りをホワッと明るくしていく。 「これで、良し」 高い天井、太い梁、昼間の雰囲気とはまた違う様子を見せる。 『チ〜ン』 えっ?

blue

12年前

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鈴の音がどこか遠くで、 か細く鳴った。 蝋燭の炎が 思いなしか揺れる。 『鈴をならしたのは、あなた?』 はっきりとした、 誰かの声。 いえいえ、チョット、 私じゃ... けれど私の声は...出ない。 『きっと、あなたね』 フフフッ わ、笑ってる。 『さあ、こっちへいらっしゃい』 と、また鈴の音が鳴った。 『チーン』 私はそのまま正体を失ってしまった。

12年前

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目を開けると、そこは暗闇の中。 『もう、起きてしまったの?』 暗闇から聞こえる楽しそうな女の声。 何が起こったのか慌てふためく私が次に感じとったのは、水の音。 『まだ、あちらには着かないから眠ってて?』 優しいその声に思い切り首を振る。だって気づいてしまったから。今、私がいるのは小舟の上。 そして、きっと行き着く先は楽しい所ではないに決まってる。 「帰して」 私の言葉に女は笑う。

Rei

12年前

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『あなたが私を呼んだのに』 ご覧、と女の白い指が水中を指し示す。 水面が揺らめくその下で、何千、何万という蝋燭が燃えていた。 怪しく、儚く、幻のような炎が揺れる。 『あなたは火を灯した。舟を招く灯火。岸辺に辿り着くまで、あなたの蝋燭は保つかしら』 気付けば私の前にも、一本の蝋燭が立っていた。 半分まで溶けた蝋燭の火は、舟の僅かな軋みにも危うげに点滅する。 もし消えたら、どうなるというの。

12年前

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考える。そもそもは蝋燭に火を灯したことが事の発端だったはずだ。 ならば、と私は火に手を伸ばし、風を送る。 いっそこの火が消えれば、元いた家に戻れるのではないかと期待しての行動だ。 しかし、何度も手扇をするが火が消えることはない。 『危うい賭けをするのね。 本当にそれを消すのなら、あなたの息吹をかけなさい。…後悔のないよう』 女は、ただ微笑むのみだ。 私はふぅっと蝋燭の火を…吹き消した。

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辺りは墨をこぼしたように、暗闇に包まれた。 波の音だけが耳に届く。 『明かりを欲していたのに、あなたは自らそれを手放した』 ぽつり、ぽつりと水底で揺れる炎が消えていき、闇が濃くなっていく。 私は、どこへ向かうの。 『灯火を失った舟は、もうどこへも行けないの』 目の前にかざした手も、もう見えない。 迷子になった記憶が蘇る。 あの時、ただ泣くしかなかった私を助けてくれたのは、祖母だった。

Fumi

11年前

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「助けて、おばあちゃん」 「助けて!おばあちゃん!」 『誰も助けになんて来ないわ。あなたが灯りを欲し、あなたが灯りを消した。灯りのない舟はどこにも行けないの』 「おばあちゃん!」 それでも、祖母を呼ぶことはやめられなかった。 悲鳴のような声が虚空に向かって消えて行った。 どこからか灯りが灯って、声が聞こえる。 こっちだよ、こっちだよ という声が聞こえる。 『そんな、なぜ?』

リッチー

11年前

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おばあちゃんの声だった。やさしくて、背を預けられるような安心感がある。 私はおばあちゃんの声に従い、舟を手漕ぎして進ませた。 『そこに灯火がある限り』 女の声はそれきり聞こえなくなった。 気がついたら仏壇のある床の間に戻ってきていた。扇風機が間延びしたような声をあげていた。じじ、と電気が復旧する。スマホには祖母からの着信通知が一件あって、思わず微笑んだ。 大丈夫。私の灯火は失われていないようだ。

aoto

11年前

- 完 -