たった今速報が入りました。 現在、事件現場から生中継でお送りいたします。野次馬の人が多いため、なかなか前に進めない状況となっています。 20代半ばとみられる女性が何者かによって殺害された様子です。 遺体付近には、犯人のものと思われる黒の皮の手袋とメモが残されていたようです。 追って、新たな情報が入り次第随時情報をお届けします。では、スタジオにお返しします。
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目の前のレポーターの中継を見る。 あの手の人間の表情の変化にはいつも驚かされる。カメラがどくと同時に、緊迫した顔を緩め、スタッフたちと気軽な会話を楽しみだす。 刑事である彼は、犯行現場となったマンションの住人への聞き込みを終えていた。 そろそろ鑑識の仕事も終わっている頃だろう。マンションの階段を登り、犯行現場に戻っていく。 一瞬、野次馬の一人と目があった、と思ったが、おそらくは気のせいだろう。
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階段を登りきると、犯行現場の部屋はすぐに分かった。荷物などを運び出すために、玄関のドアが全開だったのだ。全身水色の作業着を着た鑑識がぞろぞろと階段を下りてくる。 顔見知りの一人が、声を掛けてきた。 「今回の事件、何かありますよ…。」 意味深なその発言と、先程目線がぶつかった不審な野次馬との所為で、彼はいつも以上に警戒しつつ、殺害現場へ足を踏み入れた…。 黒革の手袋とメモは既に回収済みだった。
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メモと手袋から何かわかればいいのだが。そこは鑑識の連中の腕を信じるとしよう。 頭をかすめた遺留品を無理矢理どかすと、彼は現場となった部屋をぐるっと見渡した。 玄関から真っ直ぐ伸びた廊下の先、8畳ほどのリビングルームだ。焦げ茶色のフローリングに被害者や遺留品の場所を示すテープが貼ってある。 他に目に引いたのは大きな薄型テレビと血がついたソファだ。部屋の借り主は金回りが良かったのだとわかる。
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被害者の女性は中山香澄、24歳だ。周辺住民によると「明るくて活発」「会うと必ず挨拶をしてくれる」などなど好印象だったようだ。 しかし、彼女は3ヶ月前に会社をクビになり今はフリーターだったはずだ。 死因は脳部損傷による出血と言っていたかな。鋭利な鈍器のようなもので頭を何度もやられたみたいだ。 ソファの血はおびただしい量だった。 「おい!犯人が自首して来たって」 そう言って入って来たのは彼の旧友。
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「自首って…そりゃまた何でだ、佐藤?」 「話は直接聞いてくれ。」 佐藤は、現場に来たばかりの彼を引っ張っていき、車に押し込んだ。 彼は書へ向かう途中、一言も口にせず、事件について考えていた。現場にいた時間が少ない分、聞き込みなどで得た情報を整理しておきたかったのだ。これから会う奴が本当に犯人であるなら、事件はすぐに解決するのだろう。 しかし、どうしても引っかかるのは、鑑識のあの言葉だ。
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「はい。俺がやりました。盗みに入って帰宅した彼女に顔を見られ、とっさに…」 鑑識の結果で黒革の手袋は中山香澄本人のもので、メモには数字の羅列。何かのパスワード?現在解析中。この事件と関係あるのか?それとも、こいつの言う通りただの強盗殺人? フリーターにしては金回りの良かった被害者。何で会社クビになったんだ。とっさにって…違うな。 そうだ、あの野次馬! TV中継してたな。何か映っているか。
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部下に映像を確認するよう指示を出し、男の取り調べを続けた。 ちょうどそれが終わった頃、一本の電話が佐藤の元に。 「先輩、野次馬の中に一人怪しい人物がいます。真っ黒の服装の中年の男です。カメラをやたら気にしています」 佐藤は慌ててそれを書き留めた。年齢からして被害者の上司だろうか。上司の不祥事に気づいた被害者が、脅して金を揺すりとっていた。自首してきた男は不祥事の共犯か。それならつじつまが合う。
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──こちら警察署前から中継です。 続報によりますと、今回の殺害事件に関与したとして任意同行を求められた男を乗せた車が、間もなくこちらに到着するとみられています。 男は被害者の上司にあたる人物で、事件のあった時間帯、マンション周辺で目撃されていたことが『警察協力のもと独自の取材』で明らかにされました。 今後は事情聴取を進め、自首した男との関係を調べる予定だと言うことです。 現場からは以上です。
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