春、花見に行った公園で桜の花びらをふざけていっぱい頭に乗せてニコニコ笑って。そんな君をとても可愛いと思った。こんなに幸せな日常がいつまでも続けば良いのにと願った。 そんな幸せは長く続かないなんて嘘だと思っていたけれど、それは本当だった。 この国の義務として私は兵士として戦乱続くあの地へ行く。 もう君には生きて会えないかもしれない。 私からの願いは一つ 君よ、 どうか幸せになってくれ。

13年前

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「それが、義務、だもの、ね」 君は自分に言い聞かせるように、悲しそうな顔をする。この国で健康な成人男子は、戦争があれば戦地に赴かなければならない。 戦地へ向かう前に君に会ったことを少し後悔している。後ろ髪引かれるとはこのことだ。でも、行かなければ。 「幸せを、祈ってる。帰りは待たなくていいから、どうか、幸せで……」 そこまで言った後、君からふわりと抱きしめられた。花の匂いがした。 「待つよ」

12年前

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「絶対に待ってる。例えこの桜が散っても、葉桜になっても、落葉に枯れても……雪が……雪が……」 嗚咽に震える君の声と体をしっかり抱きとめるだけが、あの時できた私の精一杯だった。 そして数ヶ月。 戦争は自国の敗戦で幕を閉じた。 私は幸か不幸か敵国の捕虜となり、劣悪な環境下、強制労働に暮れていた。そして、同様の戦友が次々と英霊として逝く姿を噛み締め、次は私かと身を丸め眠った。 君は今、幸せだろうか?

nonamenano

12年前

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夢に見る。 ああ、会えた。生きていて良かったと、君を抱きしめながら安堵していたら、 腕の中の君は、さらさらと砂のようになり、私の手からなくなってしまう。 「どうして…⁉」 叫んだ瞬間に目が覚めた。 ここには君はいない。 ここはソ連。目の前にいるのは、同じく捕虜となった日本兵の仲間たち。 過酷な労働により死んだように眠っている。 いや、毎日誰かが倒れ、永遠の眠りについている現実がここにある。

かのん

12年前

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支給されるのは黒パンと呼ばれるカチカチの干からびたものと、水一杯。 何時までもつか分からないほど私自身も衰弱していた。眠りにつく時、このまま死んでしまいたいと思ったことが何度もあった。 その度に外の雪を見た。しんしんと降り積もる、真っ白な雪。 君と別れた春の景色とは程遠い。 君は 待ってくれているのだろうか 私を今でも その気持ちだけを頼りに、私は生き続けた。

コノハ

12年前

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また一日が始まる•••。次々に倒れていく仲間を尻目に、僕は死に物狂いで働いた。睡眠も劣らず、パンのかけらも残さず食べた。 いつか、君の所へ戻るために••• もう一度、あの笑顔を見るために••• 遠慮なく降りしきる雪。不意に空を見上げた僕は、どんよりとしたそれに「諦めろ」と言われている気がした。 だけど僕は諦めない。空に逆らうように坑道に向かった僕は、またピッケルを強く握り締めた。

YUKI

11年前

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唯一残されているのは“君”という名前の“希望”だった。 いつかこの身体が自由になった時に、会いに行けたなら。 目を閉じた。 想像の中を君と歩く。 “Работа!(働け!)” 現場監督の鋭い声と同時に身体に衝撃が走る。 想像がそれ以上進むことはなかった。 ピッケルを握り直す。 また、今日を過ごしていく。 希望は消えず、あるのだから。

asaya

11年前

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知らせは突然だった。 日本に帰還せよ、との命が下ったと聞いた。それが真実であるか見極める間も与えられず、訳のわからないままに貨車に詰め込まれて港へと連れて来られた。 海が見えたとき、初めて涙が零れた。 この荒波の向こうには、日本がある。凍てつく雪ではなく、桜舞う日本が。 そこに君はいるだろうか。 幸せな姿でいるだろうか。 あれから長すぎる時間が経った。多くは望むまい。生きてさえ、いてくれれば。

lalalacco

11年前

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日本に桜は無かった。空襲という悪魔の爆発で消えたらしい。 彼女も消えてしまったのだろうか。 僕は彼女を探して、探して、そして、 見つけた。 彼女は待っててくれた。 皮膚が焼けただれ、腸が飛び出ていた。 でも、彼女はこちらを見た。 生キテ 言葉はなかったが、その口はそう言ってた。 彼女は死んだ。 笑いながら。 最後まで僕は、その笑みに生かされたんだと、今となり再び植えられた桜に語った。

- 完 -