夢をみた。 そこには屋台がたくさんあって 、一番奥はなにやらモヤがかかって見えにくいが、大きな鳥居がたっているように見えた。 周りにもガヤガヤと人が多く、自分の両親も一緒にいた。父が何か買ってくると言い残し、人の波の中へと入っていく、僕は何故だかわからないけど母親のほうへ振り返った。 いなかった。 親も今までいた周りの人も、僕だけを残し、みんな消え去った。 そして、端の方から明かりが消え始めた。
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明かりが一つずつ消えていくうちに、僕は不安で、恐怖で動けなくなった。 すると鳥居のほうから、柔らかな赤い光がこちらに近づいてきた。 提灯の赤だった。 提灯を持っていたのは同い年くらいの女の子で、僕の前に立った。 赤の光は顔の彫りを強調し、さらに女の子は無表情のまま僕を見つめる。 僕は金縛りにあったかの如く動けない。 突然女の子はにっと不敵に笑った。 心臓が飛び跳ねた。 ーー逃げたい。
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なぜならその笑顔はとても恐ろしいものだったので。 口元以外の筋肉をまったく動かさないで、少女は話し出した。 「怖がらないで。良ちゃん」 その子は僕の名を知っていた。 以前会ったことがあったのかと記憶を辿るも思い出せない。 「あなたが分からないのは当然なの」 少女の目が苦しそうに吊り上ったが、僕から恐怖心は消えていた。 彼女の苦しそうな顔は、僕を安心させたくて、そうなっていたからだ。
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「とにかく此処に居てはいけないわ。もうすぐ大人達が来ちゃうの」 逃げなきゃ。 そう言って、女の子は僕の手を掴んでぐいぐいと引っ張る。鳥居の方へと向かいたいようだった。 「待って、どうして逃げなきゃいけないの?」 力一杯握られた手が痛い。女の子は無表情で僕を見つめた。 「今日は御祭りなの。大人達だけの秘密の御祭り。子供が居てはいけないの。見つかったら、殺されてしまうから」 そして僕達は走り出した。
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「殺される? 大人に?」 「ううん、大入道とか、夜叉とか、化狐っていう人もいたわ」 震える彼女にいいとこ見せたくて、 「そんなもの居ない」 と嘘をついた。 御祭りには本当に妖怪がでる。大人たちは妖怪と取引をして、子供がいたら攫ってもよい、と自由を認めているのだ。 「兎に角、鳥居に」 「大丈夫だって」 彼女の腕を引く手は強い。 段々と力強くなり、僕の血管が浮き上がってきた。 「離してよ。痛いから」
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「だめよ」 彼女は間髪いれずに答えた。 「この手を離したら貴方はまた取り込まれてしまう」 ギリギリと腕が締め付けられる。僕の腕はビクともしなかった。 「私だってそう何度も貴方を助けることはできない」 その時頭痛がした。 真っ暗の中で白い腕に引かれる少年。 …あれは、僕? 「早くしないと、貴方死ぬわよ」 ゾクリ、と背筋が粟立った。 僕の直ぐ後ろに、ナニカがいる。
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ナニカから逃げる。走る。 生温い息遣いが首筋を狙う。 「あっ、」 不意に躓いたその刹那、宙に浮いた身体はナニカにぺろりと飲み込まれた。全身を貫かれ、骨を砕かれ、ああもうおしまいだと目を閉じようとした、そのとき。 飛び込んできた少女が僕を抱きしめ、ナニカの口の中から僕を引きずり出す。 はっ、と我に返った。 「思い出した?」 彼女の声。 そうだ、まだ僕は食べられていない。 鳥居はもうすぐ、そこに。
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その時、首筋に生温かい息が当たった。 この感覚。 僕は恐怖で足が竦み走れなくなってしまった。 「良ちゃん!!走って!!」 少女は引っ張るが僕は走れない。 「早く!!」 息が荒くなってきている。 走らなければ…! 「良ちゃん、あと少し!頑張って!!」 その声には聞き覚えがあった。 気がつくとそこに居たのは… 「良ちゃん!!走れ!!」 母さんだった。 そうだ、思い出した。 母さんは僕を守ろうとして…
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「良ちゃん!早く鳥居の奥に!」 その声にハッとした。母さんが鳥居の奥を指差している。 「母さんは?」 しかし彼女は首を横に振ると、僕を鳥居の中に押し込んだ。 そこで夢から覚めた。 思い出した…昔、神社の夏祭りで迷子になった僕は鳥居をくぐった先で、生温かい息遣いをするナニカに捕まり飲み込まれそうになった事がある。それを見つけた母さんが、僕を助ける代わりにナニカに飲み込まれて、以来行方不明である。
- 完 -