ねぇ覚えてる? 私たちここで出会って…ここで離れ離れになったよね。 そういえば!!ここでアイスも食べたりしたっけ??… あの頃千花が言った事は今でも忘れない。 この季節になると、嫌でも思い出す。 私は千花にもう一度会いたい。 こんなこと言っても…会える訳ないけど。 後悔しても意味ないねっ…。 11年前のことなのにねっ…。 ねぇ千花、聞こえてる?
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今日は子どもとアイスを食べにきたんだよ。 あの時はわりと新しかったのに、今ではこの辺りで一番昔からあるお店だよ。何だか年を感じちゃうよね(笑) 「桜が満開になる頃また会おう!!」 そう言ったのに、どうしていないわけ?? 10年後は親友兼ママ友だねって約束したじゃん。 千花、私もうお母さんだよ。 ねぇ、聞こえてるなら返事くらいしてよ…!
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私達が出会ったのは15年前。 当時、まだ11歳だった。 6年生の4月、 クラス替えで私達は同じクラスになった。 人見知りであまり友達のいなかった私は、 クラス替えをしても馴染めず、 話しかける、かけられることもなく、 学校を出た。 帰り際、なんとなく公園に立ち寄った私は、 奥にある満開の桜に見惚れた。 その木の下にあるベンチに座り、 風で散る桜をぼーっと眺めていた。 その時だった。
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「お花見?」 言いながら、その子は隣りに座った。 「えっと・・・」 「千花」 「・・・」 「あんたは?」 ぶっきらぼうだが人懐っこい声である。 「サチ」 「そう。ていうか同じクラスだよね?」 「・・・多分」 二人の間をすりぬける風が、サチの頭上に桜の花びらを届けた。千花はその花びらを摘まんで、 「これ、押し花にしよ!記念に」 「何の記念?」 「・・・わかんない」 二人は一斉に笑い出した。
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笑いは連帯感を生む。 私達はあっと言う間にうち解けた。 「千花は桜、好き?」 何気なく聞いた質問に千花はしばらく考えて答えた。 「好き、なのかな…たぶん」 「たぶんかぁ。私は好きだよ。千花とも会えたし」 そう言って見上げた桜は本当に夢みたいにキレイだった。隣を見ると千花も桜を見上げている。 「私ね、桜が咲くと思い出す事があって。あんまり思い出したくないような、でも桜でしか思い出せないというか」
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千花が少し悲しそうな顔をしたから、それ以上は聞かなかった。 沈黙を気にしたのか千花が無理に笑って言った。 「でも、チューリップとか好きだよ!可愛いよね」 だからそれ以降、桜に関してはうまくかわすように、話題に上がった時は千花の顔色をうかがってばかりだった。 「うん…私も好きだよ、チューリップ」 同じ中学に上がった春。桜の綺麗な公園に遠足で行くことになった。 「私、行きません。桜が嫌いなんです」
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「千花さん、遠足は花見じゃないんですよ。そんな理由で行かないなんて言わないで下さいね」 担任の先生は慰めるように微笑んだが、千花の硬い表情は変わらなかった。 結局、千花は遠足の日には来なかった。風邪で休みだとか。 千花はそれからも桜を避け続けた。そのうち、私たちは卒業の日を迎えた。 その日桜が見頃を迎えていた。千花はついに、卒業式にも来なかった。 でも帰り道。公園で人影を見つけた。千花だった。
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千花は私に、寂しげな笑顔を見せた。 「前に桜の木の下に秘密を埋めたの。大好きだった桜。大きく根を張って私を守ってくれると思った。だけど段々、桜を見るたびに怖くなって」 私の頭上に降った花びらを千花が摘む。初めて会った日と同じように。 「その木が切られるの。秘密がばれちゃう。遠くへ行かないと」 千花は花びらを私の掌にのせた。 「どういうこと? いなくなるなんて嫌だよ」 「…また会えたらいいね」
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翌日、桜の木の下で白骨化した遺体が発見されたニュースが流れた。自首して来た容疑者は身元不明と発表された。 それが千花だと知ったのは、刑事と児童福祉司が私に会いに来たからだった。あの遺体は千花の母親の愛人だったらしい。子供一人の犯行ではないと二人は疑問を抱いていた。 千花はどこかで私に知らせたかったのかもしれない。真実はわからないけれど。 ねえ、また会おうね。今度はチューリップを千花に──。
- 完 -