軽く茹でたもやしとしめじにトマトをあわせ、塩コショウとワインビネガーで和える。サラダにしてまかないに。 駅近で創作料理の店を開いて数年。うちの店のまかないは、よく食べるバイトの学生たちに評判がいい。 …が、やむにやまれぬ事情があり、学生アルバイトの7人のうち、一人だけクビにしなければならなくなった。 今から学生たち一人一人にバイトへの意欲と意思を確認して、辞めさせる一人を決めようと思う。
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マジホント、何回食ってもウマいッスよこれ! いやマジでこんなん食えてバイト代貰えるとか、ホント幸せっすわ。 え、何すか? あー、楽しいか楽しくないかって言われると、うーん。ほら、俺ってこんな感じなんで、お客さんに文句言われたりするじゃないすか? あ、でも、お客さんがウチの料理食ってうめーとか言ってたりすると、だよねーって感じで!超マジ嬉しいッスよ! あ、時間なんで戻ります、ごちそうさまっした!
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ああ、今日もまかないが。毎度毎度ありがとうございます。 とっても美味しいです。流石店長ですね。 ……嫌だ、本気で照れないで下さい。ふふふ。本当真面目なんだから。 ん? どうしました? バイトが楽しいか、ですか? 勿論です。楽しい仲間に優しい店長。温かな雰囲気のお店。何に不満を持てばいいんですか。 それではそろそろ戻ります。 あぁ、そうだ。店長、もっと試験はバレないようにした方がいいですよ。ふふ。
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あ!ごちそうさまです!…え、このお仕事ですか⁇ もちろん楽しいに決まってるじゃないですか!私ってほら、ドジで、めちゃ迷惑かけてるじゃないですか? いやいや、無理して首ふらなくていいんですよ! ここだけの話、今まで10社くらいクビにされたんですよ!それで、今回もダメかなあなんて思ってたらこんないい職場で…! とにかく、ほんと感謝してるんですよっ 今度はプライベートで友達も連れてきますね!じゃ!
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ご馳走様です。え?あ、はい。今日のまかないも美味しいでした…でも…ぁ、ぃぇ…え?正直に言え?えっとあの…私だったら少量のベーコンをカリカリに炒めたのを加え、バルサミコに蜂蜜を少量溶いて黒オリーブの輪切も添えて、お店のメニューにしちゃいます。すいません、生意気言って。あ、それとお店のブログ、毎日更新した方がいいです。でも、そうすると忙しくなりそうだから、やる気無しの私にはキツイけど。じゃ、戻ります。
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あっ、店長。おつかれさまです。 え?仕事について…ですか? …私は無口だし無愛想なので、このお店に迷惑をかけるのではないかと不安に思っていました。それが原因で今まで色々とありましたし。 でも、そんな私を店長もここのスタッフみんなも認めて嫌な顔せず、そばにいてくれます。こんなに、人と関われてよかったと思ったのは生まれて始めてで、とても良い職場に恵まれたと思っています。 ありがとうございます。
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ちーす。またこんな上手い賄いあざっす。胃袋カーニバルっす。 え?最近太った感じします?実は帰ってから毎日店長の料理の研究してるんす。 自分、卒業してもここで働きたいんす。厨房立たせてもらいたいんす…あ、簡単じゃないことは百も千も承知っす!でも。マジすから。 そういえばさっきのお客さん、毎週火曜に必ず来てくれますね。あっちのお客さんは昨日も一昨日も。彼は自分は初めて会いますね。 あざーす。毎度っす。
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今日のまかないも、すごく美味いっす。 店長のまかない食ってて、最近つくづく思うんすよね。料理には料理人の人格がそのまま表れんだなって。 店長の料理はどれも優しいっす。どんな美食家や偏食家でも拒絶できない、誰もがほっとできる、そんな味。 だから、この店は雰囲気がいいんでしょうね。みんないいやつばっかりですし。 店長の奥さんは幸せだなあ。あ、そういえば、もうすぐでしたよね、奥さんが退院されるの。
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決められるわけがなかった。 皆いい子ばかりだ。 しかしながら、この中から決めなくてはいけない。 私は七人目の子を呼び出して打ち明けることにした。 「誠に申し訳ないのだが、君にはうちをやめてもらいたい。理由は妻の退院だ。退院と同時に隣駅でもう一店舗の出店をすることになっている。妻が店長を希望している。妻と面識のある君なら、よきチームリーダーとして妻を支えてくれると思うのだが、どうだろうか?」
- 完 -