「軍師!一大事です、軍師!」 部屋の扉を叩くも、反応はない。 「軍師、いるんでしょう!?」 「…いない」 「いるじゃないですか!」 ああもう、毎度のこととは言え、この国家危急の時にこの人は! 許可も待たず、部屋に踏み入る。 「わっ、いきなり入ってくるなよ!」 「陛下がお呼びです、行きますよ!」 「やだ、外怖い!」 …私は頭を抱えた。全軍に号令する我が国の軍師が引きこもりとは、他国は夢にも思うまい。
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少し前までは違った。彼は我が国の歴代の軍師の中でもずば抜けた軍事の才能を持ち、その容姿や人格から国民に英雄視されるなど、素晴らしい軍師だった。 しかし三週間前、「両親が死んだ」という知らせを受けた時、ショックのせいか子供のような性格に変わってしまったのだ。 幸いその知らせは間違いだと発覚したが、性格が元に戻る訳でもなく、そのまま引きこもってしまって今に至る。 そんな今、戦争が始まろうとしていた。
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「陛下、軍師殿をお連れしました!」 国王の執務室まで何とか軍師を引っ張って来た私は、姿勢を正して国王に声を掛けた。 中から「入りたまえ」という声がして、私は扉を開けて軍師を部屋に押し込んだ。 軍師は挨拶をするでもなく、オドオドと部屋を見回している。その様子を見た国王がため息をつく。 「まだ回復せぬのか」 「はい…ですが幸いにして軍略の才は衰えていません。本人がやる気にさえなってくれれば…」
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「戦争なんて嫌だ。戦争のせいで今度こそ父さんと母さんが死んでしまったらと思うと!」 彼は涙目で肩を震わせている。ああ、まずい。国王が苛々し始めた。 うちの国王は非常に短気だ。そして何より、三度の飯より戦が好きだ。よりにもよってその国王の目の前で戦をしたくないなどと言えばどうなるか。 …私はまた頭を抱えたくなった。 「この者の両親を連れて参れ。もし優れた軍略を見せぬのならば、この者の前で叩き斬る」
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軍師は泣き出した 「それは名案です」 甘く軽やかな声と共に我が国が誇る美貌の宰相が出てきた 「それだけはやめて」 あぁ、余計な事を。育ちの良さと美しさに隠れているが本当の彼は野望も才能も群を抜いている。軍師と同等かそれ以上か。宰相に抗う等自殺行為だ 「貴方が軍略を考え出せばいいのです」 「でもその戦のせいで死んでしまったら」 「少なくともこのままではご両親は確実に死にます」 楽しそうに宰相は言った
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「そんな……」 青ざめた頬に涙を伝わせ、軍師は途方に暮れた子どものようにしゃくり上げる。 「決断なさい」 毒の華のような笑みで促す宰相と、苛立ちに満ちた国王の顔を交互に見て、彼はとうとう小さく頷いた。 「……わかった」 退出のために踵を返した軍師の目をふと見た私は、ぞくりとした。涙で濡れていた筈の瞳は炯々とし、奥に焔の燃えるようだ。 それはまさに、戦場にその人有りと謳われた、軍師の目だった。
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「死角となる東の森に伏兵を。敵兵が来たら鬨の声を上げ、追い返して下さい。 西の山にも伏兵を。声を合図に山より攻め込みます。 街には敵兵を引き込み、火を放ちます。 民の避難は5分に50人ずつ。 火薬の配置はこの図面通りに。建物に大きな被害は無いはずです」 彼は正に天才だった。 二つの伏兵と業火に誘導され、敵兵は一丸となって、真っ直ぐに王城へと雪崩れ込んでいく。 被害を最小限に留め、国は滅んだ。
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まさか、軍師の智略によって自国が滅ぼされるとは夢にも思わなかった。 私は運良く敵軍を逃れ、山奥の小屋で身を潜めていると、暫くして国を滅ぼした張本人がやって来た。 「何て事をしてくれたんですか‼︎」 私は軍師を怒鳴り散らした。 だが軍師は、不思議と落ち着いた表情でこう呟いた。 「…貴方には、今一度王城を取り戻して欲しい」 「え?」 「貴方は民衆の信頼が厚い。だから貴方が新しい国王となるのです!」
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王と農民の娘との子で有ってないような継承権だ。そんな私が 「私が王など…」 「貴方が戦争によって親をなくした子に孤児院を、四肢を失った者に就職先を、店や田畑が焼けた人の手伝いを…人は見ている」 「……もし、失敗してしまったら?」 「私がもう一度滅ぼしてあげる」 彼はそう言って微笑んだ。 やられた。 彼がどれほどの決意でそれを言ったのか 全てが彼の策略であったようだ 私も頑張ろう…
- 完 -