遅刻常習犯の私は、いつものように食パンをくわえ、通学路を走っていた。 「んん?」 ふと、見慣れない人影に目が留まる。 私と同じ制服。私と同じ全力疾走。 だけど、くわえているのは……あんぱん。 人影をよく見てみる。あれは!無口で無表情、クールの極み、三崎さん⁉︎ 衝撃を受けつつ、私は冷静に彼女を観察。三崎さんはすぐにそのあんぱんを食べ終えると、カバンの中を探って、 えぇ⁉︎またあんぱん⁉︎
- 1 -
しかも、あの包み紙は! いま私がくわえている食パンと同じベーカリーのあんぱんだ。 …やるな三崎さん。 あそこのパンが好きだなんて。 彼女はちょっと変わり者で、授業中にシュールな落書きしてる姿しか知らなかったけど。なんだか急に親近感。 私の通う学校周辺は、パン屋が立ち並ぶ激戦区。そんな中で私の理想の味を出すのが、隠れ家風の一軒家MISAKIベーカリーだ。 …ん?まさか三崎さん家って、
- 2 -
パン屋を営んでいるのではないか。つまり、彼女はMISAKIベーカリーのご令嬢であらせられるのではないだろうか。 私の理想を実現してくれるMISAKIベーカリーは私にとって命の源。もはや、三崎さんを神の子と呼んでも過言ではないかもしれない。 私は帰り道にMISAKIベーカリーに寄ってみた。芳醇に香る小麦と、香ばしく焼かれて照った肌。私はあんぱんを注文した。そこに現れたのが三崎さんだった。 ビンゴ。
- 3 -
「三崎さん家、パン屋さんだったんだね」 内心どきどきしながら声を掛けた。 沈黙。 そして、不思議そうにしながらもこっくりと頷く三崎さん。 ……あれ? 「あの、私のこと……分かる?」 沈黙。 おお、これは。 もしかして。いや、もしかしなくても。 「覚えてない、みたいだね……あは。一応、私、クラスメイトなんだけど」 三崎さんの目が、驚愕に見開かれる。 ……いや、どんだけ驚いてるの。
- 4 -
「ごめんなさい。……メガネ掛けてなくて気づかなかった」 三崎さんは、謝ると同時に小さなラスクをあんぱんの袋に入れる。 「え、いいよ! 気にしてないし! ここのパン好きで、三崎さん家だとは知らなかったからさ」 「ありがとう。また来てくれると、嬉しい。でも次、来ても仕事中だから雑談出来ない。ごめんなさい」 「そ、そっか。お仕事のジャマになっちゃうもんね」 私は早々に店を出る事にした。
- 5 -
道すがら、ミステリアスな三崎さんの事を考えながら、何気なくラスクを取り出して、かじる。 「何これ美味しい!」 こんなに美味しいなら山盛り買えば良かった。ラスク、安いし。 そもそもMISAKIベーカリーでは母に頼まれて食パンを買うほかは、たまに大好きなメロンパンを買うくらいで、ほかのパンを気に留めていなかった。 さらに、あんぱんを取り出す。三崎さんが食べていたから、初めて買ってみたけど……
- 6 -
私はしばらくあんぱんを眺めた後、一口齧ってみた。 ブワーーッ‼︎ な、何これーーっ⁉︎ この程良い焼き加減! そして中のあんこの甘さとしょっぱさの絶妙なバランス! そして、口の中にほんのり広がる桜の香り! 食べれば食べる程、あんぱんが私を癒してくれる! そう、それはまるで…京の都! 静かに佇む寺の庭園で一人、桜の美しさに浸る…あゝ、何て素晴らしいんでしょう…! …はっ、何してたの私⁉︎
- 7 -
あまりの美味しさに心があらぬところへ旅に出ていたようだ。いかん、気を引き締めなくては。今日から私は純度百のMISAKIベーカリー信者。こんな所で仏さんになっては死に切れない。 三崎さんを宣教師として観察を続けるうちに彼女の昼食が毎日MISAKIベーカリーのパンである事に気付いた。え、羨ましい! そして早速彼女のランチメートになるべく行動を開始した。 あわよくばおこぼれに預かる算段である。
- 8 -
中庭で1人パンをほうばっている、三崎さん発見!!「お昼、一緒していい?」「どうぞ」「あたしんち、三崎さんのファンなんだ。よかったらお店手伝わせてくれない?」「大変だよ。」「平気。私パンがあれば死なないし、幸せだから。」彼女の了承を得た私は、その日からバイトを始めた。パンの香りが好きで、パンに誘われた。2年後、私は三崎さん家にいた。勿論、パン屋さんとしてだ。今では彼女のパンの味は、私の味だ。
- 完 -