今日という1日が終わるころに

愛子という名前は誰からも愛されるようにという親の願望からできている。親の期待を裏切ること23年。私は今年も一人で誕生日とクリスマスを過ごした。 この年齢になると、友達も恋人もいない自分は出来損ないだと思わざるを得ない。 マフラーで顔を隠して俯いて人混みを歩いている時がとても惨めだ。 これで仕事がバリバリできるキャリアウーマンならばまだ救いはあるけれど、定職にもついていない。

yuni

12年前

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「惨めだな…」 一人小さく囁いたそれは更に自分を貶める言葉だった。 …涙なんかも薄っすら浮かんだりなんかして…ね。 …本当に惨めだわ…。 この時、負に満ちた私は全く前を見ず、ただひたすら歩いていた。 これが“運命の人”と出逢うきっかけになるなんて想像もしていなかった。

12年前

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ぶつかるなんて考えていなかった。 …恥ずかしい…。 突然の出来事に私は慌てて謝った。 すると、 「申し訳ありません、ぶつかってしまって。お怪我はありませんか」 高級そうなスーツを着た彼はそう言った。 「なんで良い事ないんだろ…」 「わたくしもです。」 「えっ!?」 心の中で呟いた言葉が、そのまま出てしまったようだ。 「執事クビになってしまって」 軽くはにかんだ彼はそう言った。

流零

11年前

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「失敬、余計な事を…。ところで何か悩んでいらっしゃるご様子。よろしければお聞かせ下さいませんか」 「え、でも…」 突然の申し出に戸惑っていると、彼はハッとした表情を浮かべて、深々と頭を下げた。 「出過ぎた事を申し上げました。…執事をクビになったのもこの性格のせいなのです。ご主人様のお役に立とうと、いつも出過ぎたマネをしてしまい、ついたアダ名が“出過ぎた執事”。もう雇ってくれる方はいないかも…」

hayayacco

11年前

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私は驚いた。誰もが私を見てため息はついても声をかけてくれることなど今まで一度もなかったから。 「あ…すみません!本当に余計なことをしてしまいました。」 そういうってハンカチを差し出されて初めて自分が涙を流していることに気づいた。

shiori-n

11年前

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ううんいいんです。首を振ってハンカチを受け取った。 こんなに人に優しくされたのは久々で本当は寂しくて話を聞いて欲しくて。慣れたと思っていた筈のそんな感情を持つ自分に驚いた。赤い鼻を啜ってお礼を言う。 「お優しいんですね」 「それは、…初めて言われました」 「言われた事無いんですか?出過ぎた真似が出来るのは人の事をよく考えているからですよ」 すると執事さんは少し目を見開いてその後、微笑んだ。

annon

11年前

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「わたくしの場合は、度が過ぎるとただの厄介者ですから。執事とは、主人の手足となる存在でなければならない。でもその手足が余計に考え、動き過ぎれば、ただの枷にしかなりませんから」 とても乾いた笑みだった。 彼はただ優しいだけなのに、それが報われない。 こんなにも温かいのに、彼そのものは酷く冷たい。 「優しいが何なのか、わからなくなってしまいました……」 言葉が、酷く凍てついていた。

nameless

10年前

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思わず私は、彼の頬にくちづけをしていた。 自分で自分のした事に驚いて、慌てて飛びすさった。 何て大胆な事をしてしまったのだろう! ふたりの頬に、みるみる血の気が差して来た。 「ご、ごめんなさい!」 真っ赤になって謝る私に、 「いいえ!こちらこそ… あの…嬉しいです。貴女のような魅力的な方が…わたくしなどに」 「魅力的…私が?」 そんな事を言われたのは初めてだった。 「ええ、とても魅力的ですよ」

8年前

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顔が熱くて仕方がない。彼も照れたように口元を覆っている。 後ろで歓声が上がった。気づけば、年が明けていたようだ。彼は少し歩きませんかと隣に並んで促した。 白い息が二人分、ゆっくり上がる。 「ところでお名前は?」 愛子という親の願望を生きてきた。 「愛する子、ですか。あなたにぴったりだ」 そう彼が頰笑む。無重力に浮かんだ心にチカチカと光が灯って、愛おしさが溢れる。 幸せだ、ただ純粋にそう思った。

12unn1

8年前

- 完 -