「ん〜…」 ペンシル型か、パラソル型か、チョコレートの形ひとつで三十分ほどこうして悩んでいる。かわいいのだけれど、良い加減、そろそろ決めてくれたって良いのになあ、と時計に目をやる。 どっちも買えば済む話なのに、それは嫌だと言って聞かない。
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「もうきめられないから、どっちもいらないっ! 柿ピーでいい!」 今年5歳になる姪のアキちゃんは、いつもこの調子だ。シングルマザーでキャリアウーマンの姉に頼まれて、たまに僕が面倒を見ているのだが、他人に気を遣うという感覚が全く育まれておらず、いつも理不尽なワガママで僕を振り回す。それでも、託児所に迎えに行くと笑顔で飛び付いてくるので憎めないのだが。 とはいえ… 「柿ピーは辛いよ?」
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「んー、アキ辛いのいやっ!」 はーどうしよう…子供の扱い方なんて全然知らないからいつも困ってしまう。 「分かった!じゃあアキちゃんはこのパラソルのチョコで、ママにペンシルのチョコを買っていこう?そしたらママと半分こ出来るよ。」 アキちゃんはぱっちりおめめをキラキラさせて僕を見た。 「うん!アキそうする!」 やれやれ、とりあえず今日のおやつが決まって良かった。 だが、本当の試練はここからだ。
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アキを連れて姉の家に帰宅する。ここからが大変だ。 手足をひっぱるアキをなだめすかしながら、夕食をこしらえる。僕と姉の分だけなら何でもいいけど、子どもにはちゃんと食べさせないとな…と思ってしまう。 「ハンバーグがいい! ハンバーグじゃないと食べないもんっ」 アキちゃんは台所に割り込んできたかと思うと、僕が準備していたシチューの材料を冷蔵庫に戻してしまう。 「ペンシルとパラソルのハンバーグにする!」
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アキちゃんは肉のパックを僕の手に押し付けてくる。でもそれはシチュー用の肉だから、ハンバーグにはなり得ない。 「ペンシルとパラソルの形にして!」 そんな無茶な、という反論は、5歳児には通用しないんだろう。何とか上手く言いくるめなければ、ますます僕が窮地に立たされる。キツく言い聞かせても、アキちゃんは意地になるだけだ。 「ど、どうしてハンバーグがいいのかな?」 まずは歩み寄る様子を見せて、それから…。
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ああ言われたら、こうして…。 僕が何通りかのご機嫌取りを頭で練っている間に、アキちゃんはタタタと小走る音を響かせてリビングを往復してきた。 「アキ、ぜったい絶対、これと同じが良いんだもんっ!」 小さな手が僕に差し出したのは大判の絵本。表紙には、12色の鉛筆に囲まれた、柄の長い傘をもつ少女。 これはもしや…と思ってパラパラとページを捲る。 ああ、やっぱり。ハンバーグを作って食べるシーンが出てくる。
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僕は内心でぐるぐると思案した。 この絵本はアキちゃんのお気に入りの一冊に違いない。 ということは、そこに出てくる”ハンバーグ”への思い入れも並々ならぬものがあるということだ。 並々ならぬアキちゃんを説得するのは骨が折れる。 折ってみたところで無駄骨になる可能性も高い。 ふむ。 ぼくは潔く諦めることにした。 「アキちゃん。おじさんは出かけることにするよ」 最近のスーパーは24時間営業中だ。
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挽き肉を購入して急いで帰る。パン粉と卵はあったはずだから、最低限のものは作れるだろう。 問題は絵本である。絵本の少女は12色の鉛筆で周りの物に色を塗る。傘も、雨も、ハンバーグだって彩りが鮮やかだった。 僕はペンシルとパラソルの形に挽き肉をこねていく。傘の柄はパスタで表現しよう。冷蔵庫に戻した玉葱をみじん切りにし、パプリカと茄子とセロリを細かく刻む。目指すべくはカラフルソース。
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アキちゃんの喜びようを見ると頑張った甲斐がある。ワガママはどこ吹く風で絵本の如き夕食に興じている。 「ママはこんなのできないよー」 「そうかな。昔からアキちゃんのママは凄いよ」 「むかし?」 アキちゃんは末っ子だけど姉には僕がいた。 「おじさんがアキちゃんみたいな子供の時だよ」 「んー?」 「つまり、おじさんも昔はワガママだったのさ」 アキちゃんにはまだ分からないようだ。昔の僕と同じだ。
- 完 -