きっとこれがぼくのうんめいだったんだ。 きっとこのうんめいからはのがれられないんだ。 きっとこのしょうどうからものがれられないんだ。 きっとぼくにいっしょうつきまとうんだ。 この、なにかをころしたいしょうどう。 きっかけは六歳の時、部屋に入ってきた虫を殺した時。もうたまらなく気持ちが良かった。
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違和感を覚えたのは十歳の時。学校で飼ってた兎を殺した時。翌日、クラスメート達が、兎が冷たくなっているのに気づいて泣いていたけれど、ぼくは何がそんなに悲しいのかわからなかった。 そのとき、ぼくはおもったんだ。 ぼくは、他のみんなと、価値観が違うんじゃないかって。
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でも、今は価値観だけの問題ではないと思っている。 僕は僕自身が一番大切な存在だ。 僕が満足できる世の中でなくちゃいけない。 そのためには何をしても平気だ。 どんな嘘だって平気でつける。 何を傷つけても構うことはない。 サイコパス 他人が僕の正体を知ったらそう呼ぶだろう。
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何でも殺したいと思う僕に"必ず守りたい"という存在ができた。 それは、蝶だ。でも僕にとってはただの蝶じゃない。水色とピンクと黄色と黄緑の四色の淡い色がまばらに重なってできた綺麗な蝶だ。 綺麗なだけでなく、僕にはわかる。この蝶は純粋な感情を持ち、そして他人は罪だと言う僕の行為を認めてはくれないが、僕という存在を許してくれる。 僕は僕の全てを認めてもらいたくて自分の快感をこの蝶の為に手放そうとした。
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そうして僕が自分の衝動に鍵を掛けてから長い年月が経った。 幼い頃に抱いた蝶への情熱を消すことのないまま、僕は大人になった。 気がついたら周りからは教授と呼ばれる立場になっていた。 ナニカヲコワシタイ その囁きが脳裏をよぎる頻度もだいぶ減ってきた。 なんだ、自分は自分が思っていたよりもまともだったんじゃあないか。 そう思い始めた矢先のことだった。 自分はこの呪縛から逃れられないと気づいたのは。
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「教授!申し訳ありません」 学生が深々と謝罪したのは壊してしまったからだ。 僕の大切な標本を。 あの綺麗な蝶の標本を。 幼い頃、市販の昆虫標本キットで作った蝶の標本を僕は研究室に飾っていた。 「いいよ、気にしないで」 と学生をなだめながら僕は砕けた蝶をぼんやり眺めていた。 僕が大切にしてもだめなんだ。 だってほら、僕じゃない誰かがコワしちゃうじゃないか。 なら、ね。 ボクガコワシテモイイヨネ
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その日、僕は一晩かけて研究室の蝶の標本を一匹ずつ丁寧に指で潰した。そしてその粉末で、新しい蝶を作った。この蝶たちが、明日、全てを壊してくれる。僕はその光景を早く網膜に焼き付けたい。 もう守るべき彼女は消えた。さぁ、見ていてくれ。君への花向け。美しい風景の中で僕はもう一度あなたに会いたい。 僕は、サクラン、しているのかな? どうだっていいけれど。 僕は『作品』を実験台の上にきれいに並べた。
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1人の学生だった。 「ちょっと用事があるんだけれども、手伝ってくれない?」 声を掛けたら簡単に付いてきた。 就職?単位? そんなもののために、目の前の危機を見逃してしまう君は本当に愚かで、愛らしい。 容易く息の根を止められる他人が滑稽で堪らない。 「教授、なんです…?」 殺すつもりでクロロフィルを嗅がせた。 ここで死んでもいい。 壊してあげよう。 生きていたとしても、結果は変わらない。
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僕は昏倒する学生を液体窒素に沈めた。すぐに翅を捥ぐような壊し方はしない。彼には償いが必要だから。それこそ一晩ジックリ時間をかけて彼女たちと同じ末路を辿ってもらおう。 ──粉々に、跡形もなく。 苦しむ姿を見ることもないので特に感慨は無い。 『作品』を敷いた実験台の上で学生と彼女たちは一つになった。 恍惚の笑みが溢れたのは、忘れていた快感に満たされたから。 きっとぼくが、ぼくをころすのだろう。
- 完 -