「聞いていますか?冴島さん?」 私はハッとなり、顔を上げた。 確かにここにあったのだ… 私は隣に住む冴島優子である。部屋で寛いでいると突然悲鳴が聞こえてきたので、咄嗟に隣の部屋のドアを開けてしまった。 そこで女性の遺体を発見したのだが、気が動転して一旦自分の部屋に戻ってから警察に通報したのだ。 10分程で警察が到着し、確認の為に隣の部屋へ行くと遺体が消えていた。 「…私にも分かりません。」
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「部屋に戻って以後、隣から物音は聞こえましたか?」 「わかりません、混乱していたもので」 「では、その死体はどなたでした?」 「わかりません、知らない人でした…」 尋問する警部が胡乱気に私を見やる。無理もない、未だ死体はおろか、痕跡1つ見つかっていないのだ。 若手刑事が警部に駆け寄り、報告した。 「守衛に確認しましたが、我々が到着するまでの30分間、アパートを出入りした人間はいないようです」
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まさか、私の妄想だったのか… でも、遺体を見た時の衝撃は本物だった。 その時、若手刑事が白い包みを取り出した。 「それと警部、何やらおかしな小包が管理人室の前に置かれていました。管理人には覚えが無い様です」 許可を取っている事を確認し、警部が包みを開けた。 警部がのけぞり、私は悲鳴をあげた。 その包みに入っていたのは、私が見た光景そのままの遺体写真と、切断された人間の手首だったのである。
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「私が見たのは、その写真の人だと思います」 吐き気を堪えるため口元を手で押さえながら私は言う。 乱れた襟元。何かで絞められたと思しき、首周りの青黒い跡。 あのとき見たのと全く同じ。やはり現実だったのだ。 写真の身体には手があった。私が見たあれに手首から先があったかは、幾ら考えても思い出せない。 だけど、包みの手の爪は鮮やかなピンク色だ。遺体の女性の服装とは合わない気がした。 と、いうことは──
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「この爪ですがネイルサロンに通っていた女性のようで写真の人物とは不釣り合いです」 若手刑事が手首の爪を凝視しながら首を傾げている。私は思わず刑事と目を合わせ、「私もそう感じました」と呟く。 「なんだ、ネイルサロンとは」 警部は年配の男性だから知らないのだろう。若手刑事が説明している。 そこに鑑識の男性が現れ、「血痕は元よりルミノール反応無し、指紋は部屋から検出されませんでした」と警部に報告した。
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「…やはり、この写真の遺体と、この切り落とされた手首は別人のもので、此処とは別の場所で犯行が行われた事になるな。それに、この手首の持ち主も既に殺害されている可能性が高い。」と話す警部の表情は、渋い顔だ。 「警部、冴島さんの見た遺体と写真の遺体が同一人物だとなると、我々の到着する30分位で遺体を移動させ、管理人室へ小包を置くなんて、このアパートの住人にしか出来ないです。外部の犯行は極めて難しいです」
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「すぐに住人全員の家宅捜査令状を手配しろ。誰もアパートから出すなよ」 若手刑事が慌ただしく去ると、警部は再び写真を私に見せた。 「この女性、隣の住人では?」 「…わかりません」 「隣人の顔をご存じない?」 「お会いする機会がなくて…」 警部に暫く待機するよう言われた私は、緊張が解けないまま自分の部屋に戻った。ドアを閉めて、リビングに入る。 カーテンが風に揺れていた。 窓を開けた覚えは、ない。
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窓を閉めようと、ベランダに近づいた時、 「!?」 悲鳴よりさきに嘔吐した。 そこには、人の切断された頭が落ちていたのだ。 その顔は見たことがあった。一階下の女子大生だ。確か、美容系の学校だったはず…。 ただならぬ雰囲気に刑事が入ってくると、皆一斉に言葉をなくした。 「私、この子知ってます」 「本当ですか?」 食いついた刑事を見据え、私は声を張った。 「この子の関係で怪しい人がいるんです」
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警察は女子大生の元恋人を殺人並びに死体遺棄の疑いで逮捕。被疑者は容疑を認めた。動機は痴情の縺れ。二人目の被害者は死体損壊の現場を目撃された為に殺害に至ったとのこと。冴島優子が隣室で目撃したのは死体を装った被疑者であり、冴島優子を巻き込んだ動機は恋人を略奪された復讐のためと被疑者は供述しているが、冴島優子はそれを否定している。遺体はT山中で発見されたが同じく切断されていた逆の手首だけが依然として──
- 完 -