封じられた傷

年甲斐もなくはしゃいで、年甲斐もなく転び、年甲斐もなく膝小僧を擦りむいてしまった。もう32になるのに、子供と本気で鬼ごっこなんてするもんじゃないな、と思う。結構楽しかったけれど。 血の滲んだ膝小僧からはズキズキとした痛みが響く。懐かしい痛みだ。少し立つとこの痛みが、もどかしさに変わるのだろう。 赤く滲んだ膝小僧を見て、誰かを思い出した。 誰だったろう?小さい頃いつも膝小僧を擦りむいていたのは。

森野

13年前

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…ダメだな、この年になると記憶も曖昧になる。 苦笑しながら傷口をすすぎ、絆創膏を貼る。 あの頃はまだキズパワーパッドなんて無かったから、傷跡は残ったまま、また膝小僧をぶつけて青痣なんかつくってた。 これが割と痛くて、でも何故かわざと触ってみたくなって、顔をしかめたものだ。 だが、小学生ともなると流石にそれぐらいでは泣かなかったろう。 ……いや、誰だった?何もないところで転んでは泣いていたのは。

Iku

13年前

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・・・ははっ、何故だか思い出す事はできない。 別に自分のかつての友人にはそんなドジな奴はいなかったはずなのだが・・・ いや、一人だけいたな。 確か彼はとても大切な・・・。 「おっちゃん!なにしてんの!早く!」 ・・・子供には体力の底というものが無いのだろうか。 適当に返事をして立ち上がると、ふと落ち始めた太陽を眺めた。 懐かしい。よくあいつともこんな時間まで遊んだものだ。 確かあいつは・・・

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ダメだ、思い出せない。あいつともこうやって鬼ごっこをやったっけな。あいつは速くて捕まえることが出来ない、逆の時は逃げ切ることが出来ない。 「もー何やってんのー」 いつも言われてた。そしていつも転んでた。今思えば結構いい線まで追い込んでたんだろうか。転んでは泣いて、鬼ごっこは中止になるんだ。 「もー何やってんのー、イテッ!」 あはは、見事な転びようだ。 ちびっ子よ大丈夫か、膝を見せてみろ。

KeiSee.

12年前

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ふと、軽い眩暈がして足を止めた。心臓の鼓動が治まらず肋骨を叩いている。 僕だよ、僕。まさか忘れちゃったの? と聞こえた。いや、頭の中にだけ反響する声だったので聞こえたという感覚とはまた異なる。響いた、とでも言うのだろうか。 なぜか胸がざわついている。 誰だ、お前は。 思考を邪魔する目の前の子供のはしゃぎ声が鬱陶しい。 ほら、一緒に遊んだじゃない。毎日。 ん?、まさか…… 肋骨はまだ動きを止めない。

SAKURA

12年前

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見れば少年の膝小僧からも血が滲み出していた。 頭の中に響く声に気づかないふりをして、彼の背を押して歩く。 「お揃いになっちゃったな!」 膝をすすいでやると、少年が照れ臭そうに笑う。その笑顔を見た瞬間、また胸が騒ついた。そうだ、あいつ。あいつもよく、こんな顔で笑ってた。でも何故だろう、名前も出てこないし、顔の造形もぼんやりとしか浮かばない。 黙り込んだ俺を不審に思ったのか、少年が覗き込んできた。

miz.

12年前

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「僕だよ、僕。忘れちゃったの?」 今度は確かに、頭の中ではなく耳に届いた。目の前の子どもが不敵に笑う。先ほどまでの無邪気な表情は嘘のように消え、心の底まで見透かされるような視線にぞくりとする。 なぜ、自分はこの子どもと遊んでいるのか、そもそもここは何処なのか。そんなことがいっぺんに分からなくなっていた。 どうしても思い出せない。一体この子どもは、膝小僧をすりむいていたあいつは、誰なんだ...?

ふぁに

12年前

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血が滲んでるよ、痛そうだねえ。 誰かがそういった。屈んで、あいつの膝小僧を見て。 薄暗い公園。俺たちの他に、遊んでいる子供はいなかった。 「おじさんが家で手当してあげよう。おいで」 男が立ち上がり、あいつにいう。 俺の弟に。一歳違いで、友達同士みたいに仲がよかった弟に。 「さあ」 男が弟の手をとる。 知らない人には着いて行かないよ! 俺はそういったはずだ。 男が睨んだ。怖かった。 そして俺はーー。

misato

12年前

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全て思い出した。 俺は弟を置いて逃げたんだ。 親には競争して先に家に着いたといった。 親がその嘘を信じたかはわからないが、弟が遺体で見つかった後も俺が責められることはなかった。 俺はずっとそのことを忘れたふりしていた。  「そう、僕だよ、お兄ちゃん。なんで逃げたの。ひどいよ」 ごめん。ごめんな…。 弟の姿は薄闇に溶けた。 あの時と同じ暗い公園。俺は後悔と罪悪感に打ちひしがれ、動けなかった。

ヒイラギ

12年前

- 完 -