ルパンのいない国

昨日の記憶がない。 なんで昨日だけないんだ。 だめだ、さっぱり思いだせない。 そして、何故こんなところにいる? 驚いたことに、俺がいまいる場所は… 牢屋の中、だ。

fusuke

12年前

- 1 -

イメージ通りの囚人服を着て、腕と足には枷が嵌められている。これでよく眠りこけていられたものだ。 悪臭を放つ便器が一つ。 鉄格子を嵌め込んだ小さな覗き窓のある金属の扉が1つ。 あとは何も無い。 寝床も窓も。 覗き穴から薄ぼんやり、黄色っぽいような、目に悪そうな明かり。 廊下があるのだろう。 打ちっ放しらしい床が体温を奪う。 そう言えば寒い。寒過ぎる。 誰でも良いからコンタクトが取りたい。

- 2 -

すると向こうから、こと、ことと足音が聞こえた。どうやら看守のようだ。 看守は俺の檻の前で止まり、こんな事を呟いていた。 「ふん、やっと悪名だかい銀行強盗さんも檻の中か。今回の○×銀行でいつも通り強盗を成功し、銀行から逃げていた時に車に引かれて、記憶喪失だとよ。ある人物の証言では引かれそうになった子供を庇ったとか。そんなのでたらめに決まってる。ばからしい。」

12年前

- 3 -

看守はそう吐き捨てた。 ふむ、記憶喪失か。なるほど、道理で昨日の記憶が無い訳だ。 それにしても、俺が銀行強盗?しかも、その途中でガキを庇った?冗談も程々にしろってんだ。 だけど、もしそれが本当だとしたら…? 俺はすぐさま看守を呼ぶ事にした。 「おい!看守!」 看守は面倒臭そうに振り返った。 「何だ?」 「その人物に会わせてくれ!頼む!」 俺は必死に懇願した。何かを思い出せるかもしれないから。

Dr.K

12年前

- 4 -

二日後、バークレイ夫人と息子トムが面会に訪れた。 「始めまして。アマンダ バークレイです。息子の命をお救い下さり、心から感謝しております」 バークレイ夫人は身なりが良い淑女と言った風貌。息子の方はといえば、何処と無くオドオドとして、母親の支持を常に待っている様子だった。 「ところで、君を助けた時のことを詳しく話して貰えないだろうか」 トムは、ゴクリと唾を飲んだ。 「…えっと、その……」

Salamanca

11年前

- 5 -

「あの…その…、えっと」 トムは母親をチラチラ見ながらもじもじしていて、話そうとはしている様だが殆ど言葉になっていない。 見かねた母親が代わりに口を開いた。 「息子は恥ずかしがり屋ですので、代わりに私が…」 アマンダ曰く、スピードを出して車を走らせていた俺の前に、トムがボールを追いかけて道に飛び出し、ビックリした俺は咄嗟にハンドルをきり事故を起こしたらしい。 俺の中には疑問符ばかりだ。なぜなら…

- 6 -

俺のこの怪我は「車に轢かれた」ものだと聞いた。車を運転している人間がどうやって車に轢かれるんだ。看守の情報が間違っている可能性も考えたが、まずあり得ないだろう。 そもそも俺は車を運転できないからだ。 俺がその話をアマンダにすると彼女はとても驚いていた。「え…でも…」と口をパクパクしている。 するとトムが思い切ったように口を開いた。 「ごめんなさい!…僕、助けてくれた人の顔を覚えてないんだ…」

nanome

11年前

- 7 -

一体どういう事だ?いくら俺が記憶喪失だといっても、辻褄が合わなすぎる。 しかもこんなあやふやなトムの証言を、警察が鵜呑みにしたのか?裏も取らずに?そんな馬鹿な! 時々ズキリと痛む頭を押さえながら、バークレイ夫人とトムを見つめた。 俺が車を運転できないと言ってから、どうも夫人の様子がおかしい。 「実は…警察からは運転をしていた男が銀行強盗だったと聞いたものですから、てっきり…」 …え?

11年前

- 8 -

看守は、夫人に書類を渡した。 「ご苦労様でした。これが機密厳守の書類になります」 冬。 夕刻、メディアは、同じニュースを伝えていた。 「警察が、ついに容疑者を逮捕!」 「検挙率は史上最高記録に!」 「犯罪者は必ず逮捕!」 目を開ける。何も見えない。 水が飲みたい。とても寒い。 俺は・・・。 数日後、火葬場では男の遺体が焼かれていた。 男の身元は不明だった。

虫太郎

11年前

- 完 -