夜道を歩く 月は丸々太っている 揺られる 村の男 波の上 砂に座っていた 霧の上 海 雲 花火をする若者 夜空 猫 波 虫 爆竹 小舟を出して月の道を辿りたい 歌歌歌 攫われる心配もない 歌歌歌 性根の腐った奴でもない 都会の冷たい奴でもない 透き通った水 透き通った魚 鼠が歩くだけのあばらや 道は長いのか
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そして、夜は長い あの夏 あの海 あの月夜 赤いテープを纏った貴女は消えてしまった 黒い包帯を巻いて抱き寄せたかっただけなのに 秋が近づき 冬を越す 二人の轍も雪に埋れてしまった 誰が悪い訳でもない 何かのせいでもない 時は過ぎ 全ては流れる ただそれだけのことなのだ 今はただ 期が熟すのを待とう もう少し あともう少し待てば… あの小舟に乗れるだろうか
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砕いた星 ぱらぱらと夜道を照らす 雪化粧に落とした影は幾つか うつつを抱えて漕ぎ出す 櫂が曳く 水面に弧を描く、夢ばかりを想う 孤独を置いて帰路へ着く 月ばかりは未だ眠りの淵へ 見知らぬ人々を誘っている
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海面に浮かぶ月はゆらゆらと揺れる 月光が創り出す光の道は波の狭間に途切れ途切れて それでも真っ直ぐにのびる道が男を誘う 人魚の唄が夜に響く 眠る人々の夢に染み込むように穏やかな 哀しく狂気に満ちた恋唄を 彼女の顔が男の求める女のものだと 誰が気付くというのだろうか 海の遠い街 眠らないその街に彼女の唄が静かに染みる 月の光は夜に海を映していた 惑う男は独りの夜に 遠く遥かな海を夢見る
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漣 静寂を跋扈して 普く煌めく 青水晶 男 浜辺に 砂を積む 虚実に追いつかれないように 真実に見い出されないように 心が忘れ去られてしまう前に 言葉 砂漠を装い 何者にもなれなかった 海月がたゆたう 死人の風 唄は何処 耳をすまして見あげる月は 男の深いところをくすぐる 常闇の恋慕が頬を撫で 別物の星空が姿を現す 強かな波間を行き来する 誰も見えない 誰にも見えない 遠くの城
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望月の輝き 星々の煌き 時は止まる さざ波の上 巡る風の音 男に響いた 何処へゆく 誰かの問い 立ち止まれ 誰かの命令 おもいたち 遠い記憶に 身をまかせ 道を進もう 遅くはない 間に合うさ 頁をめくる 未知の世界
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今はただ一人きり もう誰にも会えない この世に愛なんていらない。 ひとりで生きていける。 なのに・・・ あの日、あの時、あの場所で、小舟に乗ったあなたが、いつも私の心の中にいる 忘れようとすればするほど、私の心は縛られていく 夜空に浮かぶあの月は、明日も輝いているのだろうか
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霧の中 暗い海と難破船 洋燈の橙色 船頭、海に飛び込んだ ナイトは取られた 次はビショップ 言葉遊びはもうたくさん 北極星の涙 行方しれずのエレクトラ ガラスの壺にぶどう酒と 銅の壺に海水を さぁ、行き先は決まったか 羅針盤を狂わせろ オンボロ小舟がポーンの代わり 駒を進めろ 魔性の月
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人魚の嘆きは泡に消え 残るものは一つも無い 其れでいいのと彼女は謂った ふわり波立つ波紋が散った 月は淡々私を照らし 尽きる事無い慟哭を 嗚呼其れでも進もうか 前へ前へと進もうか 冷たい小舟の縁に触れ 私は今日も夢を見る 真珠 濡髪 白磁 瓊馬玉 愛しい其れらに囲まれて 今は此の儘沈んで往こう 此れは月と小舟のお詩 人魚の唄が 涙を誘う
- 完 -