月と小舟
夜道を歩く
月は丸々太っている
揺られる
村の男
波の上
砂に座っていた
霧の上
海
雲
花火をする若者
夜空
猫
波
虫
爆竹
小舟を出して月の道を辿りたい
歌歌歌
攫われる心配もない
歌歌歌
性根の腐った奴でもない
都会の冷たい奴でもない
透き通った水
透き通った魚
鼠が歩くだけのあばらや
道は長いのか
- 1 -
そして、夜は長い
あの夏
あの海
あの月夜
赤いテープを纏った貴女は消えてしまった
黒い包帯を巻いて抱き寄せたかっただけなのに
秋が近づき
冬を越す
二人の轍も雪に埋れてしまった
誰が悪い訳でもない
何かのせいでもない
時は過ぎ
全ては流れる
ただそれだけのことなのだ
今はただ
期が熟すのを待とう
もう少し
あともう少し待てば…
あの小舟に乗れるだろうか
- 2 -
砕いた星
ぱらぱらと夜道を照らす
雪化粧に落とした影は幾つか
うつつを抱えて漕ぎ出す
櫂が曳く
水面に弧を描く、夢ばかりを想う
孤独を置いて帰路へ着く
月ばかりは未だ眠りの淵へ
見知らぬ人々を誘っている
- 3 -
海面に浮かぶ月はゆらゆらと揺れる
月光が創り出す光の道は波の狭間に途切れ途切れて
それでも真っ直ぐにのびる道が男を誘う
人魚の唄が夜に響く
眠る人々の夢に染み込むように穏やかな
哀しく狂気に満ちた恋唄を
彼女の顔が男の求める女のものだと
誰が気付くというのだろうか
海の遠い街
眠らないその街に彼女の唄が静かに染みる
月の光は夜に海を映していた
惑う男は独りの夜に
遠く遥かな海を夢見る
- 4 -
漣
静寂を跋扈して
普く煌めく
青水晶
男
浜辺に
砂を積む
虚実に追いつかれないように
真実に見い出されないように
心が忘れ去られてしまう前に
言葉
砂漠を装い
何者にもなれなかった
海月がたゆたう
死人の風
唄は何処
耳をすまして見あげる月は
男の深いところをくすぐる
常闇の恋慕が頬を撫で
別物の星空が姿を現す
強かな波間を行き来する
誰も見えない
誰にも見えない
遠くの城
- 5 -
望月の輝き
星々の煌き
時は止まる
さざ波の上
巡る風の音
男に響いた
何処へゆく
誰かの問い
立ち止まれ
誰かの命令
おもいたち
遠い記憶に
身をまかせ
道を進もう
遅くはない
間に合うさ
頁をめくる
未知の世界
- 6 -
今はただ一人きり
もう誰にも会えない
この世に愛なんていらない。
ひとりで生きていける。
なのに・・・
あの日、あの時、あの場所で、小舟に乗ったあなたが、いつも私の心の中にいる
忘れようとすればするほど、私の心は縛られていく
夜空に浮かぶあの月は、明日も輝いているのだろうか
- 7 -
霧の中
暗い海と難破船
洋燈の橙色
船頭、海に飛び込んだ
ナイトは取られた
次はビショップ
言葉遊びはもうたくさん
北極星の涙
行方しれずのエレクトラ
ガラスの壺にぶどう酒と
銅の壺に海水を
さぁ、行き先は決まったか
羅針盤を狂わせろ
オンボロ小舟がポーンの代わり
駒を進めろ
魔性の月
- 8 -
人魚の嘆きは泡に消え
残るものは一つも無い
其れでいいのと彼女は謂った
ふわり波立つ波紋が散った
月は淡々私を照らし
尽きる事無い慟哭を
嗚呼其れでも進もうか
前へ前へと進もうか
冷たい小舟の縁に触れ
私は今日も夢を見る
真珠
濡髪
白磁
瓊馬玉
愛しい其れらに囲まれて
今は此の儘沈んで往こう
此れは月と小舟のお詩
人魚の唄が
涙を誘う
- 完 -
作品情報
月と小舟
#809
- リレー期間
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3ヶ月