まほうつかいの定理

放課後の職員室。担任の藤崎が、紗織に1枚の紙を突き出した。 「これは何だ」 「今朝提出した私の進路希望調査です」 「第一希望の欄、なんて書いてある?」 「第一希望、魔法使い」 2人の間に沈黙が流れた。代わりにコピー機の音や教師どうしの雑談などが耳に入ってくる。 「何か言うことはないか、杉谷」 業を煮やした藤崎が口を開いた。 「いいえ。何もありません」

noname

12年前

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再び二人の間に沈黙が流れる。そして今度は私から沈黙を破った。 「何か可笑しいところがあるのですか? 私は真剣に考えた末にこの進路にしたのですよ?」 「可笑しいのは第二希望もだ。なんと書いてある?」 「勇者ですが何か」 悪気もなく正直に答えると藤崎が大きく溜息を吐いた。 「杉谷、これは本当に真剣に考えた末か?」 「はい。もちのろんです」 「そうかー…ってんなわけあるかあああ!」 職員室中に響いた。

ちどり

12年前

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藤崎は怒鳴ろうとしたが、もう一度進路希望の紙に目を落とした。 「それで?第三希望は戦士か。」 「はい。」沙織は大きくうなづいた。「絶対、第一希望を叶えてみせます。」 藤崎は沙織はの様子を見て、本人の言い分を聞いてみる事にした。「では、どうやったら進路希望を叶えられるのか、これからの勉強や生活について簡潔に答えてみろ。」

riz

12年前

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「えー、まずですね、高校を卒業するまでは、知識を養うんです。」 「知識?」 「はい。魔法使いになるための。」 「どんなことを学ぶんだ?」 「化学と物理は基本ですね。薬を調合できないといけないので。あと、歴史とか地理。全て魔法使いのための教科書から。」 「持ってるのか、教科書?」 「親が買うの許してくれないんですよ。でも、売ってるところは分かります。」 「高校卒業後はどうするんだ?」

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「弟子入りします」 「誰にだ」 「そりゃ、魔法使いですよ。落語家に弟子入りしてどうするんですか」 藤崎は眉間にシワを寄せる。 「当てはあるのか」 「はい。下北沢の師匠に」 沙織が魔法使いを志す契機を作ったのが、下北沢の師匠だ。主な著書に『魔法使いになるための15のレッスン』『図解 白魔術』など。経歴は不明。 「一つ聞きたいんだが」 「なんですか」 「魔法使いとは、何をする職業なんだ」

hayayacco

12年前

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「魔法使いは、この世界の様々なものの力を借りて、人々の夢を叶える職業です。そういう意味では、発明家なんかと同類になりますね。それなのに、発明家と世間一般での扱いがこんなにも違うのは嘆かわしいことです」 沙織は誇らしげに答えてから、心底残念そうに肩を落とす。 思わず「そうか。頑張れよ」と声をかけそうになった藤崎は、慌てて言葉を飲み込んだ。 「いや…でも、魔法の修行って色々厳しいんじゃないか?」

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沙織はどうじず答える 「大丈夫です。苦労と挫折なら中学の時に経験しました」 こいつは崩れない どんなことがあっても覚悟を曲げないやつなのだろう だから、いやだからこそ藤崎は最終手段をとった 「魔法使い近代社会においてもう不必要なんだ…」 かなりの暗いトーンでしゃべった さて沙織はどう対応するこだろうか

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「そんなことは百も承知です。でもそういう意味では、発明家も発明が出来なければ、社会において不必要です。世の中に必要な物を生み出さなければ意味がない…… なら人の夢を叶える力、これなら社会において必要なモノになりませんか?」 真剣さを含んだ笑顔の沙織の言葉に、迷いは一切感じられなかった。 藤崎は、一瞬何かを言いかけたが、即座に思い留まった。 「現実を見ろ」 そんな言葉すら、言えなかったのだ……

nameless

11年前

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沙織は柔らかく微笑んだ。 「魔法使いは人を幸せにするんですよ」 純粋なその瞳は藤崎に情熱と夢だけを見て駆け抜けた頃を思い出させた。 俺は今、何をやっているんだ。俺はどんな夢でも真剣に叶えようとする奴応援したくて先生なったんじゃないのか。長い間そんなことさえ忘れていた。 沙織は静かに笑った。 「私は先生に魔法をかけました。先生は自分の理想を思い出したから、きっと幸せになりますね」

月野 麻

11年前

- 完 -