「こらっ!!また魚盗みやがったなこのやろ!!」 「にゃおーん」 私は、魚屋のおっちゃんに対して 馬鹿にしたように鳴いた。 私のような黒猫は、不吉だと言われて 周りから好かれない。 餌をくれる人もいない。 だからこうして魚屋のおっちゃんから 魚を盗むんだけど… いつも怒鳴られる。 でも、暴力はしない。なんだかんだで笑顔。 おっちゃんは優しい。好きだ。 だが、ある日彼は、行方不明になった。
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いつも新鮮な魚が並んでいるはずの魚屋の棚は、ガランとしていて、店のシャッターは固く閉められている。手前にはおっちゃんが毎日愛用して履いている黒の長靴が放置されていた。 おっちゃんは、どこ? 空腹によって鳴るお腹を無視して、おっちゃんの長靴に鼻を突っ込んでみた。 臭い 空腹で敏感になった嗅覚には、おっちゃんの足の匂いは強烈だった。しかし、これでおっちゃんの匂いを追える!私は魚屋を後にした。
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私は匂いをたよりに商店街を歩き出す。 くんくん 「にゃおーん」 似た匂いだ。 三件隣の八百屋からだ。急いで確認しようと駆け出す。匂いはこの靴からだ 「に"ゃ!」 似た臭さだったがどうやら違う。さすが、幼馴染の八百屋のおやじ。匂いまで似かよる様だ。 「なーうー」 おっちゃんは、どこ? 私は八百屋を後にする。
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匂いを辿って、てけてけてけ。気が付くと、港にまで来てしまった。 「なんだ、黒猫か」 ふりむくと、私と同じ黒猫がすわってた。 なんだか生意気ね、この猫。 「あなたも黒猫じゃないの」 「なにしにここに来たんだ?」 質問を無視して黒猫は私の目を見つめる。その目は、とってもキレイ。 「おっちゃんを探しに来たの」 「どんなおっちゃん?」 私は黒猫に事情を話した。 「じゃあ俺も探してやる」
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港からまた魚屋に戻った。 「おっちゃんはね、この匂いなんだよ!」 「に''ゃ…。」 「…。」 「すごいな、この匂い…。」 この匂いを辿ろう! 黒猫たちは再び歩き出した。 やっぱり、また港へ来てしまった。 匂いは潮の匂いと混じって 鼻がききにくくなっていた。 「もしかしたら、沖にでているのかもな。」 彼はポツリと言った。 「沖に?」 「ああ。だけど、最近は不漁みたい。」 遠くでカモメが鳴いた。
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黒猫は、呟いたきり海を見つめて動かなくなった。私は匂いを探して港をうろつく。 おっちゃんは漁のために沖へ行ったんだろうか。ならそのうち、船を魚で一杯にして戻ってくるんだろうか。 遠くでエンジンの音が聞えたような気がした。私も黒猫と並んで海を眺める。まだ何にも見えない。 魚は好きだけど、今はそれよりおっちゃんの怒鳴り声が聞きたいな。 「にゃおーん」 私の声がおっちゃんに届いたらいいのに。
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海をみながら私は、おっちゃんの面影を再び思い浮かべた。いかつい顔、ガタイのいい体、しっかりとした足。漁をする男らしいかっこいい姿で、常に大きな声で商いをしていた。彼の魚屋には、いつもたくさんの旬のいい魚が並んだ。イカやタコもあり、近くのスーパーより新鮮だと評判で、地域一魚も売り主も元気なお店として、新聞にまで乗るほどだった。時には、ザルの上でピチピチと暴れる魚もいて、私の食欲を誘ってくるのだった。
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おっちゃんを想いながら歩いていると、黒猫が駆けてきた。 「漁師の飼い猫が通りかかって、魚屋の話をしてくれた」 期待に満ちた私の眼差しから、黒猫は僅かに目を背けた。 「……おっちゃんは『びょういん』にいるそうだ。詳しくはわからないが」 びょういん、はよくない言葉だ。肝が冷えるのを感じる。 「行くか?」 黒猫に頷き返し、私達は走り出す。 もう一度おっちゃんから魚をもらうんだ。 ぜったいに。
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病院には入れなかった。私が黒猫だから。みんな湿っぽい嫌な顔で通り過ぎる。 おっちゃん。 さっきも呼んだよ。声、届かないの? このいたずら猫。 ふいに声がした。 「ここに魚はねぇぞ」 見上げればおっちゃん。生きてる、本物だ。 顔を見たら、お魚をねだれなかった。 その日から私は、漁師だった息子さんの代わりにおっちゃんの家族になった。 晩酌の肴を盗んでは叱られる。 大好きな笑顔の隣が、私の特等席。
- 完 -