第1日 駅前のタバコ屋の電柱の下に直立した犬の糞。 それを取り囲む様にして大きめのアリほどの銀色に鈍く光る3つの物。 見ると人間の様。各々腕をバタバタと振り上げスズメに似た声を忙しく発し何やら激しく議論をしている様。 そのうち私と対面する位置にいた1人、私が見ていることに気がついた様。硬直。 瞬時に議論が止み、3人(?)からただならぬ気配。 動転し何故か犬の糞を拾い持ち帰ってしまう。
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第2日 持ってきてしまった犬の糞をサボテンの如く小鉢に植えてみた。 謎の小さな銀人間達が熱い議論の中心にしていたそれを、捨ててしまうのは偲びなかったからだ。 犬の糞も鉢に直立に植えるとなかなか乙なものだ。 念の為、水などもやってみる。 ニョキニョキ 錯覚だろうか?何やら犬の糞の背丈が伸びた様。 ふう、と、溜息を一つ吐いてから、私は如雨露を犬の糞の鉢の横に置いた。
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第3日 目覚めて一番に水をやろうとリビングの小鉢へ向かい、腰を抜かす。 例の糞は前日のおよそ三倍に成長し、しなだれるように如雨露の水入れ部分に突っ込んでいる。 耐えきれなかったのか、耐えきれなかったのか糞よ?! ダイレクト給水(と私は呼ぶことにした)している姿を私に見られていると察したのか、糞は恐る恐る頭を如雨露から出し、振り返った。(飽くまでもヤツを擬人化した場合の表現だ)
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第4日 三日でこれだけ大きくなったにも関わらず、あまり臭いはしない。 普通糞をリビングに置き、なおかつ元の約三倍にもなっていたら強烈な臭いがするはずだ。 しかしこの糞もどきからは何も臭わない。まさしく無臭なのだ。それどころか、鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、ほのかだが甘い香りまでする始末だ。 本当にこれは糞なのか? …あれ、そもそも犬の糞って成長するんだったっけ……?
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第5日 朝起きて糞の様子を見に行くと、何と白い綺麗な花を咲かせているではないか。 その様子があまりにもシュールなので、思わずスマホで写真を撮った。 匂いの方は、相変わらずいい香りである。 見た目は糞なのに、本当に不思議だ。 ふと、この後実をつける可能性がある事に気づいた。実際、所々萎みかけているし。まさか、その実はもしかして…? 考えるだけで気持ち悪くなったので、あまり考えない事にした。
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第6日 実は固く、椰子のような形をしていた。 糞を取り囲むようにして、合計四つの実が生っていた。 初めは小粒であったが、一晩で一回りも、二回りも大きくなった。 実は青く、まだ熟れていない。 採集をするのは別の日だ。 花弁も大きく膨らみ、厚みと鮮やかさを増している。 甘い香りは先端にある雄しべと雌しべからしていたようだ。 受糞でもするのだろうか。
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第7日 糞が我が家に来てはや一週間が過ぎた。 愛着がないかと言えば嘘になる。 横着がないかと言えば嘘になる。 たまにはっと我に帰ることがあるから。 熟すのはまだ先だろうと思われていたが、もう実は赤子のほっぺのようにふくよかで真っ赤っかだった。 期は熟した。 私はまるまるに肥った実を取る。 さて、この五つの実をどうする? 壁に投げつけた。割れぬ! 金槌の威力なら。割れぬ! 逆に念を送るか。割れぬ!
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第8日 「この糞ー!。」 と言い放ち壁に投げつけた後で、 とてつもなく寒いダジャレを言った気がして自己嫌悪におちいる。 気を取り直し、投げつけた実を探す。 「おいっ!」 なんか声がしたような。 「こっちだっつてんの!。」 明らかに聞こえる、得体の知れない声。 「おいっブス!。」 なんかイラってした。 さっき投げた実の方から聞こえる。 無意識に視線を下げた。 「………きゃー!。」
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途端、実はぱかっと割れた。 出てきたのは、初日に見た蟻ほどの銀色の人、人、人…‼ 生まれてきた銀の人々曰く、糞にしか見えないこれは、種族の母体らしい。 彼らは育ててくれた礼をつっけんどんに言うと(口が悪いのは育て方が悪かったのか?)、唖然とする私を尻目に、どこへともなく去っていった。 ふと見れば、残った糞は完全に枯れていた。 私は少しだけ清らかな気持ちで、糞を丁重に土に返してやったのだった。
- 完 -