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「犯人が名乗り出るまで、わたしはここから動きません」 先生、先生。あなたはわたしたちに、何を伝えようとしていたの。 佐藤先生。大人しく控えめなおんなのひと、そして、学校中でとくべつ有名なおんなのひと。 その理由は、わたしたちのクラスにあった。 「ここでえ、こうしますう」 彼女の喋り方や表情を真似しながら、ひとりの男子が揚々と笑う。 「きっしょ」 それを見ていたまわりのみんなは、どっと沸き立った。

11年前

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「話を聞いて」 騒々しい教室の中で、佐藤先生の小さな声は掻き消され、誰にも届かない。教壇の前で肩を震わせるあなたを、わたしたちは誰一人見ていなかった。 確かにわたしたちは残酷だったかもしれない。あなたが傷つき、壊れていくことに無関心であり過ぎた。でも、あなたも良くなかった。あなたはここで黒板を叩き、声を荒げ、わたしたちに何かを伝えるべきだった。 それなのに佐藤先生、あなたはそうしなかった。

hayayacco

11年前

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いつも通りの朝。学校中のどの教室よりも騒がしい、私たちの教室。教室の中を紙飛行機が飛び回り、甲高い笑い声があちこちで起こる、私たちの教室。 そんなこの場所にガラリと入って来たのは、佐藤先生ではなかった。髪の薄い、定年間近の、校長。 校長先生は怖い存在。小学生の私たちの共通意識。教室は静かになった。 おはよう。 その後発せられた言葉に、私たちは耳を疑った。 "佐藤先生が亡くなられました"

紡海

11年前

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みんなは最初聞き間違いだと思った。いや、そう信じたかった。 しかし、校長ははっきりと、亡くなった、と繰り返し話を続けた。 「先生の家には遺書がありました。自殺です。まだ幼いあなたたちにこのことを伝えることは残酷かもしれませんが、私は」 そこで間を取る。嗚咽をこらえるような音がどこからか聞こえた。 「あなたたちが許せない。」 子供相手に済まないと思う、そう前置きして彼は遺書を読み始めた。

Dangerous

11年前

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勝手に死を選んでしまう私を許して下さい。私は今の生活には耐えられません。生きていることさえもが辛く感じます。 私は教師に向いていなかったのね。 私にはクラスをまとめる力がありませんでした。 皆、私の話を聞いてくれなかった。 私はもう生きていけません。 生まれ変わったら私は他の職業を選びたいと思います。 きっとこの手紙を生徒も見るだろうから、今までありがとうなんて書きません。 さようなら。

春風海架

11年前

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「佐藤先生が思い悩んでいたことに気付けなかった学校側にももちろん責任がある。よって、これから裁判も行われます。佐藤先生のご両親から、我々学校は訴えられるのです」 校長は一息おいて、そして私達に向けて最初で最後の、怒鳴り声を発した。 「君達の!私達の無知が! 無情が!そして無関心が! 彼女を殺した!殺したんだ! 佐藤先生の自殺は彼女が望んだものではない! 私達が!君達が自殺をさせて殺したんだ!」

nanome

11年前

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教室は重々しい空気に包まれた。 誰も何も言わなかったけれど、少なからず、わたしたちはある種の反発心を覚えていた。 それは、死を選ぶより先に、わたしたちに本音をぶつけられなかった佐藤先生の弱さに対してだったり、説教の中に時折含まれる世間体を気にした校長の視点であったり、突きつけられたリアリティのない殺人という責任に対してだった。 過ちを心の根に下ろすより先に、大人たちの姿に幻滅していたのだった。

aoto

11年前

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「バカじゃなかろか。」 無口なあの子が唐突に言った。 校長が彼女の席へ歩むと、バンッと激しく机を叩いた。 でもあの子は怯まない。 「何で本人が反論もしないで勝手に死ぬのさ。私達よりもガキ?死んでおいて私達に責任取れ?究極な逃げじゃん。校長先生も何?逆ギレ?私達が先生に反抗するのは、あんた達をナメてるからだよ。ナメられたくないなら教師らしく成長しろよハゲ!」 言いながら、あの子はポロポロ涙を零した。

真月乃

10年前

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開き直りと取られても仕方ない、みっともなく子供じみた咆哮だった。それはそうだ。私達は子供だったのだから。子供が子供であることを忘れ、大人や教室を支配できると思い上がっていただけなのだから。 「先生を傷つけた生徒は前に出なさい。犯人が名乗り出るまで、わたしはここから動きません」 誰も応えようとしなかった。一人の人間の"死"によって、ついに教室に静寂がもたらされていた。 かつて、望まれていた通りに。

まーの

10年前

- 完 -