私が通う高校は進学校で、定期的に進路調査をする。 ある日、若い男の担任から直々に呼び出しをされた。 「──墓瀬、お前にもう一度聞くからな」 「ハイっ!」 「進路希望調査表を見たが、お前のだけ真剣に考えたくても考えられないんだ」 「何故ですかっ! 私がおふざけなんかで提出すると思っているんですか?」 「じゃあ自分が書いた進路を言ってみろ」 私は先生の目をまっすぐ見て一言。 「お嫁さん、です!」
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「進路希望がお嫁さん??本気なのか?」 「ハイ!私の夢ですから。」 「墓瀬。冗談だよな。だとしたら笑えないぞ。」 「何故ですか?私の長年の夢ですよ。」 「あのな。うちは進学校だ。そんな小学生が考えたような進路が通ると思うのか?当然、却下だ。真面目に書け!いいな。」 「ええっ!真面目に書いてますよ!幼稚園からの夢なんです!田中君のお嫁さんになるの。」
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あのなぁ、と先生は腕を組む。 もちろん、お前の人生をあれこれ貶したくはないし、お前の想いも尊重してやりたい。 しかし、田中かぁー。 と先生は微妙な顔をする。 口は半分曲がり、目はしわくちゃ、鼻は上向きだ。 「田中は正月から寒中水泳するような男だぞ? 面白いとは思うが、秀才である墓瀬、お前と合うだろうかな」 と一人悩んでいる。 「先生! 田中君をそんなに悪く言わないで下さい! 田中君は、田中君は、」
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「私の憧れなんです!」 「憧れ?」 「私はこれまで勉強一筋でした!親の言う通りにすれば幸せになれる、そう信じてきました。でも、田中君に出会ってそれは間違いだと気づいたんです!彼は私には無いものを持って…」 「あ〜、わかったわかった。お前、多分疲れてるんだ。だから今日は帰って休め。明日また聞くからちゃんと進路考えておくんだぞ」 先生は手で顔を抑えながら、私の力説を軽くあしらった。
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やれやれ、こんなだからガキの相手はしてられないんだ… と若い担任は思う。 「先生、私の言ってることが可笑しいのはわかってます。 でも、もうその事しか考えられないんです!」 「まぁ、、わかったから今日はもう帰れ、な、ちゃんと歯磨けよ。」 「…はい、もう行きます」 墓瀬はそういって今日も、この話をウヤムヤにし帰ってきた。 正直、田中なんてどうでもよかった。
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確かに田中には自分には無いモノがある。それは尊敬に値する。だが、パートナーにと言うのは解らず屋の教師の考えを改めさせる為の口実だ。 女子にとっての花嫁、結婚、主婦、それを軽んじている時代錯誤な考えが、墓瀬にとっては許せない。 毎日の主婦の生活、これは立派な職業だ。 専業主婦として無給不休で生きてきた祖母と母を娘は尊敬していた。 「あれ?そう言えば…先生って結婚してんのかな?」墓瀬はふと考えた。
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素早く彼女は脳内で検索した。…確か、左の薬指には指輪はなかったはず。 よく見れば、顔はそこそこだし、生徒から人気もあるし、まだ25だし。 「…これって、チャンスじゃない?」 墓瀬は思った。もし先生と結婚すれば、それは専業主婦を一つの職業として認めさせたことになる。 即ち、彼女の勝利を意味するのだ。 「フフフ…」 無意識のうちに彼女の顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。
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(………どうして、こんなことになっているんだ?) とある日の朝、起床時。悠斗は呆然としていた。 自分の真横に、墓瀬が寝ている。衣服と、空の酒瓶が、いたるところに散乱していた。 彼は必死に昨夜のことを思い出した。墓瀬が夜泣きながら部屋を訪問してきて、とりあえず部屋に入れたらあれよあれよと酒を勧められ、それから、それから… 「ん…せんせ?」 「墓瀬…」 「先生ぇ、私嬉しい。両想いだったなんて」
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目が覚めた。 いつもと変わらない朝。 自分の夢すら覚えていない。 そういえば、今日は進路希望にバカなことを書いている女子生徒を呼び出すんだ、、、。 「ーー墓瀬、お前にもう一度聞くからな」 「ハイっ!」
- 完 -