或るビニール傘の一生

俺はビニール傘。 どこにでも売っている普通のビニール傘。 誰かに忘れられては誰かに拾われ、いつの日かクタクタになり捨てられる。

sexyking

12年前

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生まれた時からそんな性だと何故か理解していた。 俺らビニール傘にも、そんなDNAみたいなモノが実は存在しているのかも知れない。 どんな運命にも逆らえない、そんな何かがきっと、アルミの骨辺りにでも入っているのだろう。 案の定、俺は最初の持主の手から23分後には道端に棄てられた。 ところが一週間の放置後、新たな持主になったのは意外にも可愛い女の子で、俺を拾うとビニールにハートの絵を書き込んでくれた。

真月乃

12年前

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どこにでもある何の変哲もない俺はその子の手によって唯一無二のビニール傘に生まれ変わった。 大きなハート、小さなハート、赤やピンクや黄色やオレンジ。石突を中心に放射状に散らばっている。 俺としては少し恥ずかしい気もするのだが。 雨の日、女の子は俺をお供に選んでくれた。 その子の口ずさむ歌に合わせてクルクル回った。雨の粒が俺に当たって砕けて散った。 ころころころころ…この雨、やまなければいいのにな。

Noel

12年前

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女の子が店で買い物をする間、俺は外の傘立てで留守番だ。 突然俺の身体が宙に浮いた。スーツの男が俺の柄を掴んでいる。ビニール傘にはよくあること、だけど。 傘を開いた男がハートの絵に驚いて目を見開くのと、女の子が俺に駆け寄ってきたのはほぼ同時だった。男は、間違えました、と口の中でぶつぶつ言って女の子に俺を返した。 どうしてこの子は、何処にでもいたはずのこの俺を、こんなに大切にしてくれるんだろう。

lalalacco

12年前

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3日後、嵐がきた。 女の子が玄関を開けるとゴオッとすごい風の音がする。 こんな日には出掛けたくない。 しかし、女の子は俺を両手でしっかりと握ると外に出て行ってしまった。 こういう時にはカッパ着ろよな。 てか出掛けんじゃねーよ、危ねえな。 そんな俺の思いは無視される。 「あ!」 案の定、俺の骨組みは折れた。 しかも、次の瞬間。 グオンッという音と共に強風が彼女を襲う。 彼女の体が宙を舞った。

seiryu

11年前

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彼女は濁流に飲み込まれた。手放してくれと願っても、俺の言葉は届かない。 濁流の中でも彼女は、俺をしっかり握りしめていた。 ──彼女を守りたい! そう強く念じたとき、俺の折れた骨組みが濁流の底の何かに引っかかった。 しかし濁流は容赦無く俺の一部を残して彼女と共に流そうとした。 「誰か流されてるぞ!」 彼女が描いたハートの絵が、彼女を救った。俺は何も出来ないまま彼女と共に引き上げられた。

11年前

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彼女は助かった。 奇跡的に怪我もなく、ずぶ濡れになっただけだった。 あのまま流されていたらと考えるとぞっとする。 でもまぁ、無事だったんだ。 本当によかった。 そして俺はビニール傘からただのガラクタになった。 骨は折れてビニールは破れて、もう傘だったのかすらわからないくらいだった。 もう彼女の傘として生きられないだろう。 しかし、まぁいいやと思えた。 このビニール傘生、捨てたもんじゃなかった。

みりん

11年前

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俺はゴミにだされ、大きな車がくる。 乱暴に投げ入れ、メキメキと音をたてながら潰されて… そんなことを考えていたが、彼女は家に帰って一週間たつ今も一向に捨てる気配がない。 彼女はペンチやらハサミやらを取り出して俺を金属とビニールに分けた。 ゴミの分別? しかし、まだ何かするつもりらしい。 何時間もかけて縫ったり曲げたりしている。 なんと! 俺はビニール傘からビニールバッグと支柱に生まれ変わった!

歯車烏

11年前

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「九死に一生の場面を共にしたし。何か、愛着湧いてさ〜」 彼女は休日にバッグになった俺を連れて出かけ、友達に俺を見せて回った。何だか恥ずかしくも誇らしい気持ちだ。 支柱の方はバラバラにされて、接着剤であちこち繋がれて。 そして彼女は、一回り小さくなった俺に、再びのビニールを貼り、可愛いハートの絵を描いた。 俺は、ビニール傘としてこの上なく幸福な一生を過ごした。 晴れの日も雨の日も、彼女の傍で。

11年前

- 完 -