代筆屋

ここは、代筆屋。 目や手が不自由な方たちの ために代わりに手紙を書き 届けて差し上げるのが仕事だ 従業員は三人。 必要とあらば、手分けして それぞれの手紙に 挿絵やプレゼントを添える。 僕たちが並ぶカウンターテーブルの後ろには 本や仕分けした手紙のボックスが棚にずらりと並んでおり両側の窓から心地良い陽射しが差し込んでいる。 ふわりと漂う風には ほんのり爽やかな夏の香りがする。

さぼん

10年前

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代筆は目や手の不自由な方たちのためばかりではない。 例えば、達筆とはほとほと言い難い若者が、どうしても手書きの文書を書かねばならない状況になり、来店した事もある。 従業員で分担して、あらゆる言語を書けるようにしてあるから、仮にアラビア語の代筆を頼まれても大丈夫。 うっかり犯行声明文の代筆をしないよう、注意もしている。 ーーカラン 本日最初のお客様は麦わら帽子の小さな小さな女の子です。

ゆりあ

10年前

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「いらっしゃいませ。本日はどのようなご依頼ですか?」 たとえどんなに幼い子どもであってもお客様はお客様。従業員はみな心得ています。 もちろん、僕も。 「トッドにお手紙をだしたいの」 「トッド?」 「うん。うちで飼ってる犬よ。トッドったらあたしのワンピースを破くもんだからあたしついトッドにひどいこと言っちゃったの」 思い出してしまったのか、女の子の声に涙が混じってくる。

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「それでね、あたしトッドに謝りたくてお手紙書いてほしいなって思ったの」 犬に手紙を書くことは、初めてではない。お客様に過去に何度かお願いされたことがある。 「僕が言うのもなんですが……お客様がお手紙を書いたらどうでしょう?」 そういうと、お客様は少しだけ俯いた。 「そうしたかったんだけど、まだ字が書けないの」 「そうでしたか。はい、わかりました。代わりにお手紙書かせていただきます」

びーご

9年前

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「それでは、どういった内容にしましょうか?」 代筆は従業員が行うが、お客様の要望があれば、詳細から大まかな内容まで決めてもらうこともある。 「『トッド、酷いことを言ってごめんなさい。何年経っても、どこへ行っても、あたしの親友よ』……うーん」 どうやら内容にお困りの様子。 「それでは、もう少し膨らませて書いておきましょうか」 お客様は雲の隙間から覗かせる太陽のように輝く笑顔を見せた。

ちどり

9年前

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内容を膨らませるためには、お客様の声をしっかり聴く。 言葉だけじゃなく、抑揚、表情など色んなところからお客様が本当に伝えたいことを探していくのだ。 こういう時、この仕事が好きだなぁと感じる。 前は他の仕事をしていた。でもダメだった。 僕に難しいことは向いていない。2人に雇ってもらえて本当に良かったと思う。 「では、お客様。この内容でよろしいでしょうか」 「うん!ありがとう、お兄さん」

kon

9年前

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少女の想いを、空色の便箋に綴る。四つ葉のクローバーを模ったシールで封をすれば、手紙の完成だ。 僕は少女に手紙を渡した。弾けるような笑みで、少女は僕に礼を言った。 「ありがとう!これでトッドとまた遊べるわ!」 幸せだ。夏風になびく白いワンピースの後ろ姿を見ながら、思う。前の職場では、感謝の言葉など言われたことはなかった。 ──カラン 次のお客様は── 僕の前の職場の社長だった。

Ringa

9年前

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「いらっしゃいませ。本日はどのようなご依頼ですか?」 たとえ元上司であってもお客様はお客様。従業員はみな心得ている。 でも僕の声は震えていた気がする。 元上司は僕を数秒間見つめた。 「……昔、世話になった人に手紙を出したい」 「お世話になった人?」 「ああ、私には上手く書ける自信がないから頼みたい」 なるほど確かにこの上司は感情を表に出さなかった。 「でしたら、私が代筆させてもらいます」

8年前

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いつものように要望を聞き、手紙を書く。機械的に述べられる言葉を感情的にしていく。 そしてできた手紙を、社長に渡した。 「うまく書けるもんだな。私もこれぐらい書けたらいいだろうに」 どこか切なげな社長の後ろ姿を、僕は見送った。 数日後、家のポストに手紙が届いていた。そこには不器用な言葉で、僕がうまくやっていることを安心する内容が書いてあった。 爽やかな夏の風が、僕の頬を撫でていった。

まつば

8年前

- 完 -