「あの世で反省するんだな…えっと…名前はなんだっけな。まぁいい。ジャックにしようか。お前は今からジャックだ。 ジャック、お前は他人から恨まれてたんだよ。俺みたいな殺し屋を雇ってでもぶっ殺してぇって思われてたんだ。だがな、ジャック。一つチャンスをくれてやる。雇い主が自分の名前を当てれば許してやると言っていてな。どうだいジャック。自分を殺したいほど憎んでる奴に心当たりはあるか?」
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「……リズだろう?」 「……何だと?」 「図星。だろう? ははっ、」 「残念ながら、僕はそんなにたくさんの人に殺意を抱かれるような生き方はしていない。心当たりはたった一つ。リズーー僕の妹だけだ」
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殺し屋の顔が蒼白くなる。 「あいつ破目やがったな!俺の負けだ。この件からは手を引くがおまえもあいつには関わるな!命の保障はない」 殺し屋は、そう咆哮すると姿を消した。ジャックは意味が理解出来なかった。リズがあの殺し屋を破目る?何故そんな事をする必要がある?これは罠なのか? リズは殺し屋が姿を消した事を知ると、予想していたらしく軽く微笑む。兄が今度はどんな行動を執るのか、楽しみに窓を眺めている…。
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「やあリズ、ただいま」 ジャックは完璧な微笑みを作り上げ、リズの部屋の扉を叩いた。 「おかえりなさい、お兄様」 リズもベッドの上で、柔らかな微笑をたたえてジャックを迎える。 今日、なにが起こったか。ジャックは話さないし、リズも尋ねない。 ただジャックはサイドテーブルにたくさんの金貨と薬を並べていく。二人には分不相応な、高価な薬だ。 「リズ、またお医者様に診てもらおう」 「ありがとう、お兄様」
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リズとジャックは抱擁を交わした。 どこから誰が見ても、微笑ましい兄弟の完璧な愛の証に見えることだろう。 「それで、最近は体の調子はいいのかい?」 「お兄様が買ってきて下さる薬で私はいつも元気よ」 「そうか、お前には強すぎる薬だと俺は思っていたのだが」 お互いにお互いのことを話すことはない。 けれども、あるいは何を語らないようにしているかで、二人は相手のことを理解していた。 作り笑顔が終わる。
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「コーヒー淹れてやるよ」 ジャックはリズに背を向けカップにコーヒーを注ぐ。真っ黒な液体の中に毒薬を忍び込ませる。何、死ぬほどのものではない。 「あらありがとうお兄様。珍しく気が利くのね。そうだ、貰ったお菓子があるから茶請けに頂きましょう」 リズは皿に菓子を並べさもそれが菓子の飾りとしてかけられていたかのように毒入りの砂糖を振りかける。 2人は常に水面下でお互いを殺すことを考えていた。
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リズのことが嫌いか、と聞かれたらそれは違うと僕は断言する。ただし、リズを恨んでいるかと聞かれたら、僕はそれを肯定するだろう。 リズは僕の幸せを真っ黒に塗り潰した。リズが悪いわけじゃないと頭では理解しているけど、心は納得しない。 リズは僕の父の不倫の末生まれた子供。僕の母はそれを知り、狂って父と不倫相手を殺した。残された僕とリズは2人で生きるしかなかった。互いを親の仇と見なしながら、僕たちは生きた。
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ぼんやりと考えに耽るジャックの顔が、窓ガラスに映っている。 直接見せることは決してない憂いを帯びた表情を、リズはそっと盗み見た。 こんなことがいつまで続くのか。うんざりして殺し屋など雇ってみたが、何も変わらなかった。 いっそ、今── リズは隠していた二本のナイフを取り出した。 生ぬるい毒は、もういらない。刺し違えて断ち切るのだ。 二人の歪んだ関係を。 誰も入り込めない深い絆を。
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「お兄様、私が憎いでしょう?」リズが窓越しにジャックと目を合わせた。ジャックもまた、窓越しにリズを見つめ、そして両手に持つナイフに気がついた。 「…私もお兄様が憎いわ。でも、それ以上に愛しい。もう終わらせたいの…」 泣くでもなく、静かに笑みをたたえてリズはジャックに抱きついた。 生温い感覚が背中を伝い、2人は重なり合う様に倒れた。 その夜、2人の亡骸を庭に埋めた殺し屋が金貨を手に消えた。
- 完 -