降りしきる雪が空気を白く染め、降り積もる雪が地面を白く染めていた。 ちょっと用事があって隣の県の山奥まで車で来たのだが、途中で雪が降ってきて、用事を済ませて帰ってくる頃には車が出せなくなっていた。20年に一度の大雪の中、僕は立ち往生してしまったのだ。 大雪が降るって、天気予報で言ってたじゃん!と非難されそうだが、だからといって延期にもできないどろう。 僕は死体を埋めに来たのだから。
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やることはやった。なんとかして帰らないと! ここで死んだらなんのためにあいつを殺したのかわからなくなる。 車を置いて歩いて帰るという選択をすれば、死体が見つかったとき、車から僕の犯行だとばれてしまう。 「どうしました?」 車の周りをぐるぐる回りながら考えていると、背後から話しかけられてしまった。こんな山奥で人に会うとは運がいいのか悪いのかわからない。 振り向くと女性が立っていた。
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間違い無く、僕の顔は青ざめているだろう。 何故なら、僕の目の前に立っているこの女性は、 ……僕の殺したあいつに瓜二つだったから。 「……この大雪で車が出せなくて、どうやって帰ろうかと考えていたんです」 何とか普通に喋ろうと努力してはみたが、明らかに声が震えている。 そんな僕の様子を女性は寒さのせいだと思ったらしく、 「良ければうちで暖まって行って下さい」 そう言ってにっこり微笑んだ。
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この女は僕が殺した女だ。 そうでなくても、あいつに瓜二つの女と同じ屋根の下など耐えられるはずがない。 「い、いえ……大丈夫です」 僕は無理して笑顔を作り、車の扉を開けようとした。しかしこの寒さで扉は凍りついてしまい、更に僕の力もだいぶ弱っていたため、どれだけ引いても開きそうにない。 「うちに来てください。このままでは、凍死してしまいますよ。車はこのままにして、さあ」 彼女が一歩踏み出した。
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立ち往生しているうちに本当に凍死してしまうかもしれない。 ここで僕が死ぬわけには行かないのだ__ 仕方ない。僕は女性について行くことにした。 一台の車のそばに着くと、 「買い出しの途中でして。狭い車ですが、乗ってください。家も狭いですけれど」 と彼女は言った。 話し方も、あの女にそっくりだ。 彼女の家に着いて、僕はまた腰を抜かしそうになった。 間取りまで、あの女の家とそっくりなのである。
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驚愕した僕は、震えて廊下に立ち尽くした。このまま回れ右をして、外に出るべきかと考える。 けれどこの雪の中、徒歩でどれだけ進めるだろう。 先に部屋に入った彼女が、戻ってきて僕を促した。 「部屋の方が暖かいですよ。どうぞ。今、紅茶を入れますから」 飲み物の選び方も、あいつと同じだ。 動けずにいる僕の腕を、彼女が軽く掴んで引いた。 その手は、服越しにもはっきりとわかるほど冷たかった。
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とっさに雪女の昔話を思い出したのは、大雪が影響していたからかもしれない。 促されるまま、僕は彼女の部屋に入っていった。置かれたソファの柄、集めている小物まで、彼女のものと一緒のように思えた。もはや、この偶然は気味悪さを通り越して、恐ろしさを感じるようになった。 「紅茶です」と、言って渡されたカップを両手で受け取ると、その温もりに感じ入った。 そうだ、確か彼女にプレゼントしたものがこの部屋に…
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特徴的なデザインだから、あればそれと分かるはずだった。僕はカップに口をつけながらさり気なく室内を観察した。 ──ない。目に留まる場所にはあの贈り物は見つけられない。 やはり人違いなのか、と胸を撫で下ろしかけたとき。 「これ、すごく素敵だったから肌身離さず持っているんです」 ソファの向こうで彼女が何かを取り出してみせた。美しい彫り模様の入った象牙の櫛。それは間違いなく僕の贈ったプレゼントだった。
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3日間降り続いた雪がようやく止んだ朝、山奥で男女の遺体が見つかった。 男は扼死で、その首に残った指の痕などから女が絞めたものであると断定された。女は、毒物による中毒死である。当初、女による無理心中とみられたが、解剖の結果が出ると、刑事たちは揃って首を傾げた。女の方が、少なくとも2日は先に死亡していたことが判明したのだ。 「雪女の仕業だべか。」 誰かがポツリと漏らしたが、答える者は誰もいない。
- 完 -