あなたの悩みを聞かせて

「ねえ、首吊りさんの話、知ってる?」 登代子の瞳は猫のそれのようだ、と私はつくづく思う。普段は硝子玉みたいにきらきらと無邪気に輝いているのだけれも、美味しそうな獲物を見つけると一転して、獣じみた獰猛な光を宿す。 「ちょっと、加奈江。人の話聴いてるの?」 「あ、ごめんごめん。聴いてるよ」 ーーまあ、彼女の「獲物」は、大抵怪談やお化けといった、オカルトな噂話なのだけれど。

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首つりさんとは旧校舎の2Fにある図書館の管理人のアダ名である。その管理人の名は九尾 津李子。おそらく名前からして女性だと思われる。おそらくというのはその管理人を見た人が少ないからだ。噂ではこの学校の理事長と面識があるらしいのだが。 その手の怪談話に目がない登代子に目をつけられたのは不運というしかないだろう。

hamadera

13年前

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しかしひどい名前だ。 そう言うと登代子が真顔になった。もちろん怪談ムードを盛り上げる演出。 「あの管理人に悩みを相談するとね、みんな首つるんだよ」 噂は矛盾に満ちている。 「だって誰も見たことないんでしょ?」 「いないわけじゃないでしょ。図書館に通えば会うこともあるし、話す機会もあれば悩みを打ち明けることもある!」 「・・・で?」 登代子がムフフと笑う。この後提案することは分かっているけれど。

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放課後、私と登代子は図書館に向かった。旧校舎は老朽化し、理科室と図書館しか使われていない。今年の夏には閉鎖する話も出ているくらいだ。耐震対策が云々とか大人は言っているが、真相はそれだけではない気がしている。 「なんか出そうな雰囲気だよね」 登代子は嬉しそうに旧校舎に入って行く。私もそれに続いた。 板張りの廊下は、歩くたびにミシミシと音をたて、登代子を喜ばせる。そして図書館まで辿り着いた。

12年前

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表札には達筆で「図書館」と書かれている。なぜ「図書室」ではなく「図書館」なのかは不明だが、昔からそうなので皆当たり前のように図書館と呼んでいる。 扉にはめこまれたガラスから中を覗き込んでみたが、薄暗くて室内の様子は分からない。 「もし首吊りさんがいたら、何を相談しようか」 「え、見に来ただけじゃないの?」 「それじゃ、彼女の汚名を晴らしてあげられないじゃない」 うそだ。登代子は楽しんでいる。

hayayacco

12年前

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私の悩みといえば、登代子にもうちょっと女の子らしくして欲しい、ということぐらいか。 ーー嘘だね 囁くような声が聞こえた。 辺りを見回してみるが、誰もいない。 「なにやってんの。早く入ろうよ」 登代子はすでに扉を開け、中に入ろうとしている。 図書館の中は思っていたより清潔で、そして広かった。 本棚が何列にも連なり、文庫本から大型の辞典に至るまで隙間なく詰められている。 「あのーすいませーん」

Fumi

12年前

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「はーい?」 私達は返事がくるとは思っていなかったので、その声にドキリとした。固まったままその場に立っていたのを不審に思ったのか、声の主が顔を覗かせてきた。 「大丈夫?本を借りに来たんじゃないの?」 そう言われて顔をよく見ると司書の井上先生だった。 「びっくりしたー!先生ずっといるの?」 「そろそろ鍵閉めて帰ろうとしてたとこよ。」 …放課後まで先生がいるなら首吊りさんはやっぱり噂話?

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──待って。 誰かに呼び止められた気がした。登代子と井上先生には聞こえなかったようで、二人は談笑しながら遠ざかっていく。 振り返れば、たった今井上先生が鍵を閉めたばかりの図書館。 ──貴女の悩みを、聞かせて。 「私は……」 不思議な囁き声につられるように、勝手に唇が動く。そして、 「登代子に、いなくなってほしい」 まったく心にも無い言葉が、零れ落ちた。 嘘だ。嘘だ嘘だ。 ──わかった。

lalalacco

11年前

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背後で大きな音がした。続いて悲鳴。階段を下りる足音。登代子を呼ぶ先生の声。 友人が階段から落ちたと知り私は呆然とした。 何てこと。私のせいだ。 悩みを相談して首をつる。噂は本当だったと私は知った。 ──私を嫌いなのは知ってた ぶら下がるかつての友を見て津李子は笑った。 ──本当の願いが叶って嬉しくないの? 何故死ぬの? 人間て不思議 そして彼女はまた言う。 「ねえ、首吊りさんの話、知ってる?」

misato

11年前

- 完 -