流れよ桃、と8日目に神は言った

むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。 毎朝おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にゆきます。 おばあさんが洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れてきました。 おやまあと、おばあさんは手を伸ばし、桃を取ろうとします。 しかし手は空をかき、おばあさんは川に落ちてしまいました。

12年前

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どんぶらこ どんぶらこ おばあさんが流されていきます。 最初は川の流れにもがきましたが、もうダメ、死ぬ、と諦めた時にうまい具合に仰向けになり流れに乗りました。 目に映るのは澄んだ青空。 おばあさんはゆったり青空を眺めているうちに心に開放感が満ちてきました。 おばあさんは、おじいさんに不満があったのです。山に行くなら竹でも取ればいいものを芝刈りばかり。 今朝もそれで喧嘩をしたのでした。

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おばあさんの流れる川は大きな湖に繋がっていました。濁りのない透き通った水がどこまでも満ちています。流れの止まったところでようやく、おばあさんはよっこらしょと岸にあがりました。見ると、あの大きな桃も一緒にここへ流れついていたようです。お腹の空いたおばあさんは桃を切って食べました。桃は甘酸っぱい思い出の味がしました。 おばあさんは目を閉じます。 そう。たしか、あの日もおばあさんは桃を食べたのでした…

kam

11年前

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その日、おばあさんは、人工透析の治療を終え、自宅への帰路に向かっていました。ちょっと疲れてはいましたが、気温が下がったからだろうと、身体のことに結びつけて考えていませんでした。 家に辿り着く小川の橋を渡る手前で、突然、おばあさんは倒れて昏睡。その脳裏には…シシャモが降り注ぎ、孤立してしまう村とか、光町駅で快速電車を降り、将棋を指している人々など不思議な夢を見ました。 芝刈りから戻ったおじいさんは

響 次郎

11年前

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倒れているおばあさんを見つけて、大慌てしました。 すぐに家に連れて帰って布団に寝かせると、医者を呼んで診察してもらいました。 安静にするしかないとわかると三日三晩看護し続け、神に祈り、仏に縋り、怪しい壺を買い…… おばあさんが目を覚ますと泣いて喜んだのでした。 おばあさんは何が起こったのかよくわかりませんでした。 ただ、おじいさんが自分の事を大切に思っていることがわかり、嬉しくなりました。

Today.

11年前

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ですが、治った途端また芝刈りばかり。 おばあさんは喧嘩などしたくありませんでしたが、つい怒鳴ってしまいました。 もし帰れたら、きちんと謝ろう。 甘酸っぱい桃は、食べれるだけ食べ、あとは持って行くことにしました。 川を辿ればうちに帰れるかしら。 おばあさんの長い旅が始まります。 道中、猿に出会いました。 「おばあさんおばあさん、その桃、一切れわけてくれないかなぁ?」

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「かわいいお猿さん。どうぞお食べなさい」 「ありがとう、おばあさん」 猿はペロリと桃を平らげました。 「優しいおばあさん。僕に手伝いをさせておくれよ」 手伝いを、と言われてもとおばあさんは困ってしまいました。 ふと、思い付いたかのように言いました。 「今は手伝うこともないの。後で手伝うことがあるかもしれないから、ついてきてくれないかしら?」 猿は快く了解してくれました。 そしてまた、歩き出します。

那柚汰

11年前

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しばらく行くとライオンに出会いました。 「あら、日本にライオンなんていたかしら?」 不思議に思ったおばあさん。それを聞いたライオンは 「俺、動物園から逃げてここまできた。もうおりで暮らすのが嫌になってしまってな。」 と言ったのです。 「まあ、そうだったの。そうだ、良かったら私の家にいらっしゃいな。」 とおばあさん。 「いいのかい。でも俺腹減ってもう動けないよ。」 「なら、この桃一切れたべるかい。」

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おばあさんの後ろには長い行列が出来ました。猿とライオン、ウサギにクマなどプロパーな動物のほかキリンやインド象、アリクイ、カンガルーなど国際色豊かです。おばあさんは微笑みながら家を目指します。奇妙な夢も、おじいさんの狂気の芝刈りの理由も今、わかったからです。「帰ったか」おじいさんが迎えました。集めた芝は、巨大な箱舟になっています。「急げ!もうすぐ降ってくるぞ…」「わかりましたよ、ノア爺さん」

en_moan

11年前

- 完 -