殺神器と選択者

「……先輩、帰ったんじゃなかったんですか?」 背後の昇降口から聞こえた声に、思わず身が強張る。 振り返れば、いつも見慣れた呆れ顔が立っていた。 「いや、その、暗くなる前に帰ろうと思ったのよ? 後輩からの気遣いを無下にするわけにはいかないしね」 下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出たところまではよかったのだ。 ……この空気では言えるわけがない。校門前にいた猫と今までずっと戯れてた、だなんて。

kanata

13年前

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「もしかして猫とたわむれていた、とか?」 ぐ。なんだこの後輩。読心術でも習得しているのか? それとも単に私の和やかな世界を目撃してた? どちらにせよ、この後輩、【選択者】のコードネームで通る彼はまこと認めたくない事実だが、殺人鬼なのだ。 もう少し厳密に存在を確定するなら、殺神器。 神ゴロシの道具。 そしてその物騒極まりない道具の使い手こそ、何を隠そう私である。 私たちは意思を持つ道具を従える。

nezumicyan

13年前

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私は気づかれないように先輩を見つめた。先輩にはものすごい妄想癖がある。この前も自分の事を「神ゴロシの使い手」と名乗ってきた。そして私も「神ゴロシの兵器」という設定らしい。要するに中二病だ。 はっきり、 「先輩、それはただの妄想ですよ?」と言いたい。 普段は面倒見の良い先輩なので見捨てるのも気が引けるのである。 あながち外れてもいないけど。

hamadera

13年前

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「とりあえず、もう帰りましょう。猫もきっと家に帰りたがってますよ」 そうかも。と思ったような表情で先輩は猫に目を落とす。名残惜しそうに猫に別れを告げ私のもとへ駆け足で近づいて来る。教科書が入っていない先輩のショルダーバッグはパタパタと揺れた。 それさえも愛おしく映るこの瞳は、今どんな色で輝いているんだろう。先輩は私の理性を殺す愛すべき兵器だ。一部訂正するとすれば使い手も、彼自身なのだ。

kako

13年前

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夕暮れの帰り道。 さっきまでの会話が静まる。 無言でいく分歩いただろう。

nonta

13年前

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前方から飛び出してくるトラックに対し、先輩は、 「奴らが僕らをつけてきたんだ。気をつけろ。襲われるかもしれない。コミットレベルをあげなければ」 と叫んだ。 もちろん、トラックの運転手は露ほども悪くない。私たちがぼーとしていて信号を無視していた。 それにしても、どうやら、私たちは追われているらしい。 先輩が私の手を取って走り出す。 いつも身の危険を感じているだなんて、哀れだった。

aoto

13年前

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愛すべき後輩が戸惑っている。少し心が痛んだ。巻き込みたくはなかったが仕方ない。一緒にいたところを見られたのだ、このままじゃこの子も危ない。 いや。 突然立ち止まる。後輩が私に体当たりをかます。 今からでも間に合うかもしれない。 この手を放すのは惜しい。しかし、いつまでも私に付き合っていても、きっとこの子のためにならない。 先程よりも胸が痛む。これも一場の春夢。一世一代の決断だ。

sir-spring

12年前

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先輩の手が離れようとしていると察した私は、「離しません!」と叫んだ。 先輩は、私が強く握り返しながら叫んだせいか、驚いて足を止める。 「だって、そんな、えっと」 先輩は戸惑っている。自分の世界で生きてきたから、たくさんの人の手を離し、離されてきたのだと思う。でも、離したら先輩はずっと、その世界で一人なんだ。 私は、その世界を全部理解できないとしても、離したくはなかった。

12年前

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虚言癖で、妄想癖。 おどおど姿も可愛らしい。 握った手は力をこめて道路の端へ誘導する。 トラックは私達を見た時から速度を落としている。 通りすぎるトラックにとりあえず一礼。トラックはさっそうと去っていく。 混乱中の先輩。ええと、なんだったか、 「先輩私は、えっと、殺神器?何でしょう?」 「うん。や、えっ」 「なら一緒じゃなきゃいけませんね!」 とりあえずは第一歩。つないだ手ははなさい。

にらたま

12年前

- 完 -