「・・・・・」 無音の部屋の中でじっと待つ。暇だ。限界だ。なんでデートの待ち合わせがこんな錆びれたカフェなんだ。それしか今は考えてない。カフェのマスターは黙々とカップを拭いている。店内はコーヒー豆の匂いが強烈にしている。 「待ち合わせですか」 不意にマスターが訊いてきた。 突然だった。 「はい。そうです」 素っ気ない返答返す 「そうですか…こななカフェで」 コーヒーをいれながらマスターは笑った
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待ち人は来ない。 退屈しのぎに、先ほど起きた疑問をマスターにぶつけてみることにした。 「”こなな”って名前ですけど、どういう意味なんですか」 マスターは食器を洗う手を止め、答える。 「みなさん、それを聞かれますね。なんだと思います」 パスタ屋に同じ名前があるが、関係あるのだろうか。ハワイ産のコーヒーにコナというのがあるな。あるいは女性の名前かもしれない。 しかし、いずれも不正解であった。
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「高松の方言で"このような"という意味なんですよ」 あー、なるほど方言か。それにしても方言を名前にするなんて、変わってる。 「四国出身なんですか」 コーヒーをすすりながら、返答を待った。 が、返答がない。 マスターを見ると、慈しむ様な目でカフェのドアを見ていた。 そしてしばらくしてから、言った。 「私も待っているんです。お客さんと同じように」
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「え…」 マスターは小さく笑うと、私に言った。 「くるはず無いなんて、わかっていますよ」 マスターの気持ちが痛いほどよくわかって泣きたくなった。 「苦しくないんですか」 「苦しいですよー」 でも、マスターはまっすぐな目をして繰り返す。 「苦しいけど、忘れるのはもっと苦しいから」 「本当に来ないんですか」 「もともと、出会うのが遅すぎたんです、彼女と僕は。彼女は結婚を控えていて、そんな時にであって」
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マスターは私に背を向け話を続けた 『でも、解ってはいたんですよ、永遠なんて無いんで。でも約束…そう、約束をしたんです、それを信じて待っている事で私が私でいられるというか、なんてゆうんですかね、まぁ自己満足ですよ、別に叶わなくたっていいんです。でも…』 私に話しているようで自分自身に言い聞かせてるようにも見えた そして取り乱したように私を見て申し訳なさそうにニコッと微笑み 『それにしても遅いですね』
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「ええ」 そして、また静かな時間が流れる。 マスターがカップを磨く音がかすかに聞こえる。 私の待ち人はまだ来ない。 このカフェを指定してきたのは、待ち人だ。 あの人はマスターの今の話を知っているのだろうか… 私がマスターから今の話を聞く事を見越しているのか? そのつもりで私を待たせているのだろうか? いや…考えすぎだな。 コーヒーの最後の一口を口に運んだ。 カフェのドアが静かに開く。
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カランコロン 心地よいベルの音が鳴る。 私は、バッとそちらを見る。 そこに、いたのは…
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「お母さん!」 一瞬、見間違いかと思った。 髪を綺麗に結い上げ、清楚な白いワンピースを着た母は、万年ポロシャツにジーンズ姿の母とはまるきり別人のように見えた。 「……奈々さん」 マスターが震えた声で呟いた。 「邦夫さん…随分とお待たせしてしまいました」 私はといえば、突然の展開について行けず唯々2人の再会を見守るだけだった。 そして、カランコロン 扉が開き、現れたのは…
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「遅くなっちゃった! 叔父さん、感動の再会はもう終わっちゃった?」 現れたのは、私の待ち人だった。 「えーと、どういうこと?」 私の待ち人は、見つめ合ったままの二人を横目に隣りに座ると、得意顔で話し出した。 「おばさんが叔父の想い人だって偶然きづいちゃってさ。おばさんも今は独り身でしょ? これは放っとけないと思って」 「なんで教えてくれなかったの」 「こななサプライズ、悪くないでしょ?」
- 完 -