チェンジリングと光の輪

白い雪が舞う。 時計塔の文字盤の上にも降り積もっている。 ランプを灯しながら私は走っていた。 今日は街一番の祭りが開かれる日。 この国では昔から精霊が信じられていて、その精霊達にこれからもよろしく、という意味合いを込め盛大な催し物が行われるのだ。 メインは木で作られた大きなサークル。 これに街の娘たちが集って踊り火を点けていく。最後には綺麗な光の輪が出来るのだ。この踊り子に今年私は選ばれた。

8年前

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女手ひとつで育ててくれた母も、普段は笑わない男衆も、泣いて喜んでくれた。 それもそう。だって、この祭りには真っ白なこの国の王様たちがやってきて踊り子一人ひとりに聖花を授ける。私はその踊り子の先頭。 だからこそ、緊張する。 今にも火を落とし、牢獄に入れられてしまうのではないだろうか、なんてことをずっと考えている。 殆ど素足の状態。もう感覚は無いに等しい。 泣きそうだけれど、笑え。

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炎を灯し、あとは聖花を受け取るだけ。 目前に迫った白の王は、こちらをじっと見つめている。うすく雪の積もったサークルに足が乗った、のだと思う。 大きめの火の粉のようなものが、私を包むように舞い上がった。思わず、目をつぶった。 目を開けると、私がいた。違う、鏡のように向かい合わせでなく、火を灯し、聖花を受け取らんとする私がいたのだ。 「ちぇんじりんぐ、って知ってる?」 「知ってる?ニンゲン」

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頭の中で声がする。 「誰…?」 くすり、と笑うような声がした。 「あなた達には見えない者。あなた達が誰よりも知っている者。」 「まさか…?」 私は手を伸ばし、目の前の自分を掴もうとした。でも掴めない。手は確かに届いているはず。 「無駄よ」また声がする。 「今のあなたは影のようなもの。誰にも見えないし、声も届かない」 「え…?」 「可哀想だけど、これが私の務めなの。少し体を借りるわよ」

capriccio

8年前

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チェンジリング。確かにそう言った。妖精の民話のひとつ。取り替え子。攫った子の代わりに置いていく妖精の子ども。身代わり。 ただの、フェアリーテイル。そうじゃなかったようだ。 影となった私は頭の中に雪が積もっていくような、不思議な感覚にとらわれて。ただただ、進行していく祭の様子を眺めていた。何ひとつ、滞りなく進む祭を。 「さぁ、迎えが来た。早く行きなさい」 白い光。雪の様に見える。妖精の行列。

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背中を押され、前に踏み出す。火の灯るサークルだけを残して、祭の光景が影に消える。他の踊り子たちも、白の王も、観客たちだって、そこにはいない。 妖精の行列はサークルを囲って踊り始める。妖精たちが私を誘う。私に踊れと催促する。私はあちらとこちらとで、身体を取り替えられた。 今頃、あちらでは私に扮した妖精が白の王の前で踊っているのだ。これが儀式の真実なのだろうか。 そんなの困る。母には私しかいないのに。

aoto

7年前

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戻らなきゃ。 その思いが焦りに変わるまで、時間はかからなかった。私は「私が」踊るためにいままで努力してきたのだ。「私が」舞う様子を、母は楽しみに働いてきたのだ。 踊れ、踊れ、と妖精が囁く。そうとも、踊ってやる。 不思議と感覚があった。影のようにうっすらとした身体だったが、地面を素足が確かに蹴る感触があった。 火は滾り、燃え盛っていた。投げた身体が溶け出すくらい熱い。 妖精のざわめきが遠くなった。

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ぎゅっと目を瞑る。 飛び込んだ炎は決して優しくはない。 熱い炎に包まれて私は願った。 お願い、戻りたいの。 ふっと身体が動いた。くるりと回ってステップを踏む。 眠っていても踊れるほど染み付いた踊りは軽やかに音楽を奏でた。 戻りたい、願いはただ一つだけ。 ステップに合わせて炎も揺れる。光の輪が上空に浮かび上がった。 最後のお辞儀まで済ませると、私はそっと前を見た。

7年前

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そこは祭りの会場だった。皆、大喝采。 戻ってこれたんだ! 泣き崩れる私を、緊張が解けたからだと思ったんだろう。 皆が優しく下がらせてくれた。 「あなたが誇らしいわ!」 母の笑顔にホッとする。 けど耳元で笑い声がした。 『素敵な踊りだったから返してあげる。でも次はないわ』 そして母の手を握り、私は祭りに戻っていった。 祭りの一瞬の悪夢。 人の弱さにつけいる妖精を、忘れようとしながら。

Aonami

6年前

- 完 -