妻の飯はかなりマズイ(暫定)

「初めて牡蠣を食べた人は大胆だった、という格言があるんですって」
帰宅すると妻がご機嫌で出迎えた。こういう時の妻は要注意だ。嫌な予感を胸に着替えを済ませてリビングに向かうと、食卓に並んだ晩飯の皿と共に、冒頭の妻の言葉。
「新作なの」
「……お、おう」
満面の笑みだ。
新婚して三ヶ月。気立てもよく一般的に見て美人かは知らんが俺にとっては可愛い妻の、唯一困ったこと。

嫁の作る、飯がまずい。

らうる
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「格言にちなんで牡蠣をプリンにしてみたの。大胆でしょ?」
せめて茶碗蒸しのようなものであれば、悪くは思えないのだろうが、カラメルソースがかかっているのを見て絶望は膨らんだ。
妻の目的とする「大胆さ」は確かに達成されている。
けれど、料理に大胆さを求めると、得てして、味のミスマッチが引き起こされることを学んでもらいたい。
食材が牡蠣なのも不安が重なる要因だ。もし、中まで火が通っていなかったら。

aoto'
- 2 -

牡蠣を避けたら怒るだろうか。
ひとまずプリンだけを掬ってみたが、スが入っていた。
「なんか穴がポツポツ開いちゃうのよね」
「作るのが難しそうだもんね。味見はした?」
「私、牡蠣は好きじゃないから食べてないよ。でも、優くんは牡蠣好きでしょ?」
可愛い顔をして妻がにっこり笑う。俺には悪魔のように見えた。
スプーンを持つ手が震える。
思い切って、口の中に入れた。
「……うっ」
「美味しい?」

羽野ニコ
- 3 -

 にこにこと笑う妻の、期待したような瞳。俺は思わず吐き出しそうになって、どうにか持ちこたえた。美味しいとかそういう次元ではない。まずい。色々な意味で、まずい。
「あ、凄く……美味しいよ」
「えっほんと!? 失敗してなくてよかった!」
 失敗してないというか、まず普通が失敗というか。あんなに大好きな牡蠣をここまで食べたくないと思わせたのは、もはや才能だと思う。勘弁して、優くんそろそろ死んじゃうから。

ここあーの
- 4 -

少しだけ噛んで飲み込む。
ああ、まだこんなにある。
小さなカップで作られたプリンはその時だけはとても大きく感じた。
「やっぱりさ、牡蠣とプリンって合うと思ったのよ」
なぜ、そう思うのだろうか。
「それとさ、もう一つあるんだけど」
「え!?」
しまった。思わず声が出てしまった。
「嫌なの?」
彼女の顔が少し寂しげに曇る。
まずい。どう、言い訳をしよう。

largo
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「おおおお腹空いてるしまだ君の料理食べたいって思って!!うん!」
不味さによる吐き気と、こんな言い訳が通じるのかという不安で冷や汗が出てくる。
彼女はそれを聞いてぱぁっと笑顔になる。
「うふふ、じゃあちょっと取ってくるから待ってて」
そう言い妻はキッチンに向かった。

牡蠣が凄い好きだった筈なのに。
今口の中に広がる味は牡蠣の筈なのに。
俺の中で牡蠣は嫌いになる寸前まで来ていた。

「お待たせー、

ハル
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今日の夕飯のおかずにと思って、カキの酢の物作ってみたの」
えっ…なんと!まともなものが出て来た!

「ちょっと味見してみて」
「うん、いいよ…んん⁉︎」

俺が器の中を覗き込むと、牡蠣の姿は何処にも無く、代わりにオレンジ色の塊が。
「ねえ…これ何?」
「何って、柿よ?」
「は?」
「この間TVで、酢の物にすると美味しいって言ってたからやってみたの」
「…食べてみた?」
「私、柿好きじゃないから」

hyper
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そうか、分かった。
妻は料理が下手なんじゃない(多分)。自分が食えない食材を使うから食えないものが出来上がるのだ。
伝えたいが、今はコレだ。大丈夫だ。美味い不味いじゃなくて、味の想像ができる。
「どう?」
ほら、酢の味が染みた柿、想像通り。
「前衛的?っていう感じかな」
「うふふ、あっごはん持ってくるね」

そういやコレ、今日の夕飯のおかずって言った気がする。ごはんに乗せて食えって言われるのか?

榛野テル
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その後『牡蠣×柿の餡かけ』なる、餡子色の和中折衷料理?をメインディッシュに出されたが、舌が麻痺して自分がどんなコメントを返したのかうろ覚えだ。

「私の料理で涙するなんて……」
はっと意識が戻ると妻が言葉に詰まっていた。
「この涙は、その」
「泣くほど感激したのね!」
にこりとする妻を見て、何かがキレた。

以来、時間を作っては妻と料理の練習をしている。本音で歩み寄りたいと思う。世界一の妻だから。

ユリア
- 完 -

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