夏の後悔

入道雲の写真が送られてきた。 そんなことをする人じゃないから笑ってしまった。そして愛おしさが溢れた。その景色を、私にも見せてくれたことが嬉しい。 メッセージにはアイスが美味しいなんて書いてある。普段しないことをして恥ずかしくなったのだろうか。なんて予想しながら返事を考える。 彼に会いたいな。……そうだ。 『アイス食べに行ってもいい?』 ちょっと無理があるだろうか。 送信しちゃった。

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返事がなかなか来ない。 失敗したかな。無理過ぎたかな。 一時間、とりあえず待った。でも携帯は静かなまま。 はあ。遣る瀬無い気持ちが溢れてくる。 入道雲の写真をカメラロールに保存して、新しいフォルダを作る。名前は"夏の日の後悔"。 この後悔を暫く引きずるんだろうな。馬鹿だな、私。 そう思った瞬間、携帯に着信。 彼だ。 泣きそうな私は何も言えず通話開始を押す。 『アイス買ってきた。今、玄関の前』

《靉》

6年前

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慌ててベランダに出て、手すりに飛びつくようにして下を覗き込むと、彼がいた。網戸を開けるカラカラという音で気がついていたのか、彼は私を見上げていた。右手には近くのスーパーのレジ袋。 『おはよ』 その口が動くと同時に、耳に当てたままの携帯から彼の声が聞こえる。呆然と彼を見つめる私に、彼は笑って、今度は携帯を口から離し大きな声で言う。 「降りてきたらー?」 こくこく、と頷いて気づく。今着てるの、部屋着。

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ちょっと待ってて、と口パクと手振りで伝えて慌てて部屋に引っ込む。 そして、クローゼットから、わたわたとTシャツとパンツを取り出す。お洒落用の服は、あいにく洗濯中だった。服に頭を通しながらドレッサーの前に座る。大急ぎで荒れた髪をとかし、チークとリップをのせた。彼にすっぴんで会うのは耐えられない。 これで良し、とスマホをポケットに突っ込んで、階段をすべり降りた。 「おまたせ!」

紬歌

5年前

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日向夏とレモンジンジャー。どっちも期間限定。茶目っ気たっぷりに高級カップアイスの入ったビニール袋を掲げている。 「お。結構、奮発したじゃん」 「バイト代が上がったからさ」 襖を全開に、扇風機を最強にする。麦茶しかないかも、とヒヤヒヤしていたけれど、幸運にもラムネ瓶を見つけた。水滴を拭き取り、銀のスプーン二本と一緒にトレーに乗せてちゃぶ台に運ぶ。 「あの写真、良かったろ?」

5年前

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彼はラムネの栓を開けつつ、尋ねてくる。 私も日向夏のアイスの封をめくりながら「うん」と頷いた。 「入道雲と青空が夏っぽかった。アイス食べたくなった」 「入道雲、形はソフトクリームだけどな」 「いいじゃん。私、カップアイスの方が好き。食べやすいし」 「さいで」 スプーンでアイスを掬い、口へ運ぶ。途端に日向夏の甘酸っぱさが口一杯に広がった。 「日向夏、美味い?」 「美味しいよ。大当たり」 「くれ」

5年前

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いいよ、と言う前にスプーンが日向夏の表面をさらった。 「まじだ!うまっ!」 「ちょっと!私も味見させてよね」 「ん」 ずい、と目の前に出されたレモンジンジャーは私のよりも淡い色で、カップの外から中心へ向かって満遍なくきれいに削られていた。すこし意識して手が固まってしまった。 「あ、俺より多く取ってってんじゃん」 凹んだ表面を見て彼が言った。 仕方ないじゃない、体温が一瞬で上がっちゃったんだから。

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「あー!最高」 「うん!」 彼は空っぽになったカップを名残惜しそうにスプーンでかき集めている。 「私は日向夏の夏で、君はレモンくんね!」 「なんじゃそりゃ」 深い意味はなかった。夏の日に来てくれたレモンくんが嬉しくて嬉しくて仕方なくて、とびきりの笑顔を見せる。今日だけのニックネームを共有できることが嬉しい。 「あー、アイスうまかったな、夏」 ノリがいい。 「また食べたい!ありがとう、レモンくん!」

みみぃ

5年前

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「ん」とだけ、彼は素っ気なく。 そんな仕草の端々に、押し殺された照れを見つけてほくそ笑む。んふふ。 「レモンくんには、タンが合いそう」 「ん?」 「今度は、焼肉の形の雲がいいな」 「おいこら」 制しながらも、彼はうぐぐと考えて 「豚なら、なんとか」 私は堪らなくなって、ジョーダンだから、と腕を小突く。 あぁ、気の向くままに抱きつけばよかった。そしたら…。 甘酸っぱい、夏の日の後悔。

- 完 -