夏の後悔

入道雲の写真が送られてきた。
そんなことをする人じゃないから笑ってしまった。そして愛おしさが溢れた。その景色を、私にも見せてくれたことが嬉しい。
メッセージにはアイスが美味しいなんて書いてある。普段しないことをして恥ずかしくなったのだろうか。なんて予想しながら返事を考える。
彼に会いたいな。……そうだ。
『アイス食べに行ってもいい?』
ちょっと無理があるだろうか。
送信しちゃった。

ゼラチン
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返事がなかなか来ない。
失敗したかな。無理過ぎたかな。
一時間、とりあえず待った。でも携帯は静かなまま。
はあ。遣る瀬無い気持ちが溢れてくる。

入道雲の写真をカメラロールに保存して、新しいフォルダを作る。名前は"夏の日の後悔"。
この後悔を暫く引きずるんだろうな。馬鹿だな、私。
そう思った瞬間、携帯に着信。
彼だ。
泣きそうな私は何も言えず通話開始を押す。
『アイス買ってきた。今、玄関の前』

靉.
- 2 -

慌ててベランダに出て、手すりに飛びつくようにして下を覗き込むと、彼がいた。網戸を開けるカラカラという音で気がついていたのか、彼は私を見上げていた。右手には近くのスーパーのレジ袋。
『おはよ』
その口が動くと同時に、耳に当てたままの携帯から彼の声が聞こえる。呆然と彼を見つめる私に、彼は笑って、今度は携帯を口から離し大きな声で言う。
「降りてきたらー?」
こくこく、と頷いて気づく。今着てるの、部屋着。

ウサナギ
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ちょっと待ってて、と口パクと手振りで伝えて慌てて部屋に引っ込む。
そして、クローゼットから、わたわたとTシャツとパンツを取り出す。お洒落用の服は、あいにく洗濯中だった。服に頭を通しながらドレッサーの前に座る。大急ぎで荒れた髪をとかし、チークとリップをのせた。彼にすっぴんで会うのは耐えられない。
これで良し、とスマホをポケットに突っ込んで、階段をすべり降りた。

「おまたせ!」

紬歌
- 4 -

日向夏とレモンジンジャー。どっちも期間限定。茶目っ気たっぷりに高級カップアイスの入ったビニール袋を掲げている。

「お。結構、奮発したじゃん」
「バイト代が上がったからさ」

襖を全開に、扇風機を最強にする。麦茶しかないかも、とヒヤヒヤしていたけれど、幸運にもラムネ瓶を見つけた。水滴を拭き取り、銀のスプーン二本と一緒にトレーに乗せてちゃぶ台に運ぶ。

「あの写真、良かったろ?」

イワトオビオ
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彼はラムネの栓を開けつつ、尋ねてくる。
私も日向夏のアイスの封をめくりながら「うん」と頷いた。
「入道雲と青空が夏っぽかった。アイス食べたくなった」
「入道雲、形はソフトクリームだけどな」
「いいじゃん。私、カップアイスの方が好き。食べやすいし」
「さいで」
スプーンでアイスを掬い、口へ運ぶ。途端に日向夏の甘酸っぱさが口一杯に広がった。
「日向夏、美味い?」
「美味しいよ。大当たり」
「くれ」

ぱっちん
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いいよ、と言う前にスプーンが日向夏の表面をさらった。
「まじだ!うまっ!」
「ちょっと!私も味見させてよね」
「ん」
ずい、と目の前に出されたレモンジンジャーは私のよりも淡い色で、カップの外から中心へ向かって満遍なくきれいに削られていた。すこし意識して手が固まってしまった。

「あ、俺より多く取ってってんじゃん」
凹んだ表面を見て彼が言った。
仕方ないじゃない、体温が一瞬で上がっちゃったんだから。

のんのん
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「あー!最高」
「うん!」
彼は空っぽになったカップを名残惜しそうにスプーンでかき集めている。
「私は日向夏の夏で、君はレモンくんね!」
「なんじゃそりゃ」
深い意味はなかった。夏の日に来てくれたレモンくんが嬉しくて嬉しくて仕方なくて、とびきりの笑顔を見せる。今日だけのニックネームを共有できることが嬉しい。
「あー、アイスうまかったな、夏」
ノリがいい。
「また食べたい!ありがとう、レモンくん!」

みみぃ
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「ん」とだけ、彼は素っ気なく。
そんな仕草の端々に、押し殺された照れを見つけてほくそ笑む。んふふ。

「レモンくんには、タンが合いそう」
「ん?」
「今度は、焼肉の形の雲がいいな」
「おいこら」

制しながらも、彼はうぐぐと考えて
「豚なら、なんとか」
私は堪らなくなって、ジョーダンだから、と腕を小突く。
あぁ、気の向くままに抱きつけばよかった。そしたら…。
甘酸っぱい、夏の日の後悔。

似瀬 晴哉
- 完 -

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