『眠り姫』

彼女は『眠り姫』と呼ばれていた。授業中によく居眠りをするのである。彼女は両手を枕に机にうつ伏して眠る。その寝顔はといえば、とても安らかで且つ幸せに見えて、何人たりとも邪魔できない空気を周囲に醸し出す。ゆえに教師といえども、その眠りを妨げることはできなかった。もちろん、他の生徒が居眠りをすれば容赦なく注意を受けたが、それに不平を唱える者はいなかった。この教室において『眠り姫』は特別な存在なのである。

saøto

12年前

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同級生は『眠り姫』に空想を膨らませていた。文学好きの少女は『眠り姫』が素敵な夢を見ていると思いを馳せた。もしかしたら私達こそが彼女の夢かもしれないわ、とこぼれる笑みを教科書で隠す。宇宙人を待つ少年は『眠り姫』が宇宙の神秘と交信していると感じたし、このように多かれ少なかれ同級生皆が何かを空想していたのだ。だが語りはしない。彼等の空想は彼等自身の物であり、それを密かな真実と信じることが愉悦なのである。

Pachakasha

12年前

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『眠り姫』と皆の静かな空想が交差する空間は、誰にとっても居心地の良いものだった。クラスは不思議な連帯に包まれていた。 しかし異変は唐突に訪れた。 数学の授業中、『眠り姫』はふと眠りを中断させて上体を起こした。そして皆が刮目する中、目をこすりながら呟いたのだ。 眠れない、と。 その日以来『眠り姫』は不眠症となった。同級生達は、『眠り姫』の眠りと教室の安寧を取り戻すべく、原因追及に血道を上げた。

12年前

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あるクラスメイトはとにかく物音を立てず、まるで自分が空気であるかの様にただただじっと過ごし、またあるクラスメイトは不眠症の原因をスマートフォンで検索したりした。 それでも原因がわからず、次第にそれまで教室を取り巻いていた空気は殺伐としたものになっていった。 そして眠らない「眠り姫」にある種の苛立ちを見せ始める様になっていく。 その雰囲気はどこか、争いが始まる前の戦場の様に見えた。

dazy

12年前

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「原因が分かったわ」 『眠り姫』が言う。艶やかだった長い黒髪には痛毛が混じり始めていた。 「私の見るべき夢をあなた方が代わりに見てしまっているのよ。私のために用意されていたはずの夢は奪われ、食い尽くされる」 これには呆気に取られてしまった。 謎めいた『眠り姫』の姿から、確かに皆は思い思い想像を膨らましていた。しかし、それが彼女から眠りまでを奪うことになるなんて誰も予想していなかったのだ。

aoto

12年前

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「ねえ、私の夢を返して。ねえってば‼」 普段の穏やか『眠り姫』とは思えぬ形相でクラスメイトを睨んだ。皆は『眠り姫』について思い巡らしていただけであり、奪おうとしていたわけではなかった。文句のあるものもいたが、『眠り姫』の目の下にできた黒いくまを見るなり、言葉を呑んだ。 この日を境に『眠り姫』は授業に出ることなくなった。ホームルームの時間には居るのだが、チャイムがなると姿をけすようになったのだ。

12年前

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ある日、隣のクラスの男子が『眠り姫』が眠らなくなったことをきいて押しかてきた。 彼は容姿がよく一部の女子から王子様と呼ばれていた。 彼は私たちから事情をきいた。 「そんなことがあったのですか…。わかりました。僕がなんとかしましょう」 彼の言葉にクラスがどよめいた。 彼らいったいどうやって『眠り姫』に睡眠を取り返すのだろうか…?

utumiya

12年前

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彼は翌日から授業中に居眠りをするようになった。彼の寝顔もまた、『眠り姫』と同じく幸福をもたらすものだったので、誰も彼の安眠を奪おうとはしなかった。そして彼は男子までにも『王子』と呼ばれるようになった。 『眠り姫』が学校に来なくなって二週間後のある日。彼は長い長い眠りに落ちた。朝礼から夕礼まで。更には放課後、下校時刻になっても彼は目覚めなかった。すると彼の友人が言った。 「王子には姫が必要だ!」

Nady

12年前

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王子の話を伝え聞いた『眠り姫』は城を飛び出した。彼に会いたい! 突然の『眠り姫』の姿に驚く同級生。王子へと駆け寄った彼女は眠る彼をしばし見つめた。 「かつて私もこんな表情で...」 笑みを浮かべ、指で彼の頬をツンツン。 目覚める王子。 「ごめん起こした?」 「ううん、君の夢ばかり見てた。やっと会えたね」 「そうね、でも今度は私があなたの夢を見たい」 『眠り姫』はそう言うと静かに眠りに落ちた。

12年前

- 完 -