小さい頃からそうだった。 小さい頃から、何となく、いつか母に殺されるのではないかと思っていた。 小さい頃からそうだった。 いつか皆わたしを裏切るものだと思っていた。 最初から疑ってかかるのはよくないよ、と言われたことがあるけれど、私自身、誰も信じきることのできないことが、辛くて、苦しい。 今が幸せなのだから、それでいい、となぜ言えないのだろう。
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小さい頃からそうだった。 仲良くしてた友達はいつか離れて行くのではないかと思っていた。 だから本当の自分も表に出さなかったし、 友達に深入りなんてしなかった。 小さい頃からそうだった。 この世界で私はいらないゴミだと思っていた。 小さい頃からそうだった。 何のために生きているのか。 何をするために生きているのか。 それがし終わった瞬間、私はどうなるのか。 自意識過剰なのかな、私。
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だけど、この世に確かなものなんてひとつもないと思うから。 何かを信じたり頼ったり、それが永遠に続くと思ったり、そんなの幻想。 たぶん、ずっと幻想を抱いていられる人が、『幸せな人』なんだ。世の中には案外、そういう人は多い。 私は、生まれつき世の中の暗黙のルールからはみ出しているのかもしれない。 本当に、こんな人間が何のためにこの世界に生まれ、生き続けているのか。 私は、その答えを知りたい。
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そんなことを、いつか母に話した。駅までわたしを迎えに来た、実家に向かう車の中で。 あいづちを打つこともなく聞いていた母は言った。 誰かがあなたから去るように、あなたも誰かから離れていったことがあるのよ。人生ってそんなものでしょう。 でもね。信じたいなら、信じなさい。 言葉を失ったわたしは、何事もなかったみたいに窓に髪を押し当てて、近づいてきてはすごい速さで後ろへ流れていく歩道の縁石を眺め続けた。
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私から去ってしまった人を考えた。 浮かんだのは、祖母と父親だった。 よくよく考えてみると、友達と距離を置いたのは私で、友達から離れてったことは思い出されなかった。 母方の祖母は私の大好きな人だった。 私が4歳の年に亡くなってしまった。 血の繋がった父親は、私を置いて、母も置いて、出て行った。理由は分からない。母は知っているのかもしれないが、不明ということになっている。
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信じられなかったのは私の方だったんだな、と思い、自分を責めた。 今なら、祖母の死を仕方のないことだと納得することができる。父の出奔も私には抗いようのないことだったのだろう。けれど、当時の私は、彼らに裏切られたという傷ばかりが目に映っていた。それで、なんでもないような過去を思い出しては、その都度罪悪感に苛まれたのだった。 だからといって、生き方を変えられるわけでもなく。 答えって、なんだろう。
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そんなやりとりをした母が末期の癌だと分かったのは一年前。既にあちこちに転移し手術も出来ないまま、母は死を迎えようとしている。 いつか母に殺されると思っていた私が今やベッドに寝たきりになった母の介護をしているなんて、滑稽かもしれない。 そして死に向かう母を見て思うのだ。 やはり永遠に続くものはないのだと。 いつか終わりが来るなら生とは何? 生きる理由は何? 何の為に私はこうして息をしているのだろう。
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母の容体は日に日に悪化し、今夜が山だと医者には言われた。 だから、届かないであろう言葉を、そうと知っていて母に投げかけたのは、私なりの足掻きだった。 「母さん、人生ってなんなんだろうね。」 何もかもを遠ざけて、自分から独りになった私が最後に縋り付くのは、『疑い』を最初に抱いた母だったのだ。 「…人生はね、誰かとの間にあるものだよ。」 気付けば、母はしっかりと目を開いて私を見つめていた。
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『誰かがあなたから去るように、あなたも誰かから離れていったことがあるのよ』 昔と今の言葉がリンクした。出会いと別れ、孤独を知り不安を覚える。 母に殺されると思った日、父が出て行った。母は包丁を手にしていた。あれは母自身に向けたもので私を殺すつもりじゃなかった。私を置いて死のうとする母が怖かったんだ。母は、死ねば楽になるという幻想を抱いたのだろう。 ようやく私と母の幻想が終わる。私と母の間の人生が。
- 完 -